のことを知らなさ過ぎると思った。元々口数が多い方でもないし、向こうから何か聞いて来る訳でもない。例えば、好きな食べ物とか、好きな音楽とか映画とか本とか、そういう基本情報を知らないのだ(本に関しては漫画から小説から雑誌まで色々読んでいるようだが)。
 最近、昼休みはを連れ出すようになり、更にのことを知るチャンスを尽く逃している。が、今日はどうやらは他に用事があるようで昼休みもうちのクラスには来ていない。これは絶好の機会だ。話しかけるしかない。、と名前を呼ぼうとしたその時、「よう、!!」とこれもまたよく知っている声が教室の入り口から響く。がっくりと肩を落とした。俺は誰かしらに邪魔をされる星の下に生まれたらしい。
 が一人でお昼を食べている所へ、「いねーから一人だろ?」などと言いながら倉持はの右隣の席を陣取った。俺は無視か、と顔が引き攣る。まあ、その辺は上手いこと倉持は俺にも話を振って来るが、意気込んでいた計画を潰され結構ショックを受けた。だが、ただ黙っている訳には行かない。また明日の昼休みにはは俺の前の席にいないかも知れないのだ。
 そこで、“友人同士”だという倉持とに参考程度にあることを聞いてみる。

「なあ倉持、いつもとどんなメールしてんの」
「どんなって…別にフツーだよな?」
「別にフツー」

 倉持の言葉を繰り返す。それすら面白くない。と出会ってから心が狭くなった気がする。倉持とが、妙に噛み合って通じ合っている気がして、自分は遅れを取っていることを思い知らされる。もしかしたら倉持とが付き合っていると勘違いしている奴なんかもいるかも知れない。なんだこれ、ものすごいもやっとする。これが妬けるということか。段々と負の感情が渦巻いて行くのが分かった。けれど飽くまで平然と、平然としていなければ。も大概鋭いのだから。なんとか落ち着こうとぱらぱらとスコアブックを捲ってみるも、どうも集中できない。

「昨日くれたホットケーキ上手かったわーとか、今日はおにぎりサンキューとか、宿題分からんねーとこあるんだけどとか」
「は!?」
「フツーだろ」
「フツーだよね」

 内容がフツーじゃねぇ。俺は固まった。ホットケーキとかおにぎりとかなんだ。それは完全に彼女ポジションの人間がすることじゃないのか。差し入れとか言う、そういうやつじゃないのか。

(こいつら付き合ってるみたいなメールしやがって…)

 はしっかりしているかと思えば天然もいい所で、自分が爆弾を落としていることに気付いていない。主に俺に、だが。倉持とは本当に友人だ。それを疑うつもりはこれっぽっちもない。二人ともそんな所で嘘をつくような人間ではないし、倉持なら隠すようなことはしないはずだ。だから飽くまで“友人”から“友人”への差し入れだったのだろう。だが面白くない。本当に面白くない。俺とには思った以上に距離があることを思い知らされる。

「そういう御幸はとどんなメールしてんだよ」
「……」
「……」
「ヒャッハ!話題に出すほど中身のないメールしてるってか!」
「あのね倉持、御幸くんメール送って来たことないよ」
「は?」
「私が送って返事が来るだけ。おー、とか、そうだな、とか」
はどんな話題振ってんだよ」
「明日晴れたらいいねとか、ちゃんとご飯食べましたかとか」
マジウケる!!そんなツッコミどころ満載なメール俺もらったことないんですけど!!御幸幸せだなー!」
「うるせぇよ」

 仕方ねぇだろ。口には出さないが悪態をつく。のアドレスを入手したはいいが何を送ればいいのか分からないのだ。「今日部活どうだった」と聞いてもそれこそ「普通」って返って来そうな気がする。慎重にならざるを得ない。打っては消し、打っては消したメールは数え切れないほどある。長すぎないか、短すぎないか、そもそも、は俺からのメールなんて待っているのだろうか。最終的に、なんでメール一通にこんなに悩まなければいけないのか、と携帯を放りだしたのも事実。俺は女か。
 もやもやしている内に予鈴が鳴り、いつも通りに倉持は自分のクラスへ帰って行く。やっと二人になった所で、恐る恐る聞いてみた。

「なあ、やっぱ俺からメールした方がいいのか?」
「なに、突然。倉持に対抗意識?」
「いやそんなんじゃねぇけどさ」
「別に…私が送りたくて送ってるだけだし」

 送りたくて送っているだと?義務的にメールしてくれていた訳ではなく?―――まさかの事実に俺は驚く。思いの外天然で、ドがつくほど真面目な性格だから、あんなにマメにメールを送ってくれていたのだと思っていた。

「確かに、御幸くんからくれたらそれはそれで嬉しいけど」

 これもまたまさかの一言。俺からのメールが嫌という訳ではないのだ。些細なことでも、短文でもいいのだろうか。いや、長文なら長文でに引かれそうだからそんなことはしないが。けれど確かに今、は“嬉しい”と言った。俺からメールが来たら嬉しいと。
俺も大概単純な人間らしい。その一言でさっきまでのもやっとした嫉妬心が掻き消えて行く。昼休みはにとられてしまうなら、もう仕方がない、メールに頼るしかないのだ。本当は直接聞きたいことでも、の間に入って行けるだけの図々しさを発揮できない。「今日の昼は抜きで」なんて言えない。やっとできたの同性の友人との仲を引き裂くようなことができる訳がないのだから。

「今日は俺から送るわ」
「じゃあ、待ってる」
「遅くなると思うけど」
「大丈夫、私も遅いし。楽しみにしてる。御幸くんからの初メール」
「あんま期待されてもなー…」

 はは、と誤魔化す様に笑えば、は少しだけ笑った。随分前、体育の授業で俺と倉持に見せたような微かな笑みだ。それを見てかっと顔が熱くなる。
 が可愛すぎてどうすればいいんだ、俺は。結局はに振り回される運命なのだろうか。








(2014/07/02)