例のバドミントン部新入部員、。あいつは俺にとってかなりの強敵になっていた。まず、同じバドミントン部ということで放課後は俺がに話しかける間もなく「部活行こー!」とを迎えに来る。そして部員、という関係だけならまだしも、もクラスに友達がいないらしく休み時間にはよくを連れ出して行く。俺がいるからかなんなのか、あまりうちのクラスに居たがらない。二人して購買なり食堂なり中庭なり、どこかへ行っているのだろう。二人とも騒がしいのは嫌いそうだ。
 そのせいで、俺が暇だった。何が悲しくて倉持と二人でお昼を食べているのだ、という話である。

また教室にいねぇのな」
が拉致ってった」
「ヒャハッ、そんで拗ねてんのか!」

 倉持に反論できなかったが、拗ねている訳ではない。今まで自分の前にいるのが当たり前で、自分が一番に近いのだと思っていた。それが突然現れた人物にポジションを奪われてしまったような、自分のものを取られてしまったような、そんな気分なのだ。拗ねている、とは少し違う。多分、近い言葉で言えば「面白くない」なのだ。じわじわと、ゆっくり築き上げて来たクラスメートとしての俺との関係。そこに突如得体の知れない何かが介入して来て不快に思っているだけだ。
 俺はが好きで、自意識過剰ではなくも多分少しくらいは意識してくれていて、けれどなんでかたった二文字を伝えることができない。伝えてはいけない時期だ。ふとした瞬間に、あの細い手首を捕まえて「好きだ」と言ってしまいそうになっても。
 予鈴が鳴る五分前、倉持と入れ替わりで帰って来たにも「なんか不機嫌そうだね」と言われる。そんなに顔に出ていただろうか。感情を表に出さないのは得意だったはずなのに、洞察力の鋭い倉持はともかく、にまでそんな風に言われるとは思いもよらなかった。

「俺だって調子悪い時くらいあるっての」
「珍しい」
「そうか?」
「あんまり顔に出さないからね」

 そういうと、「よしよし」と言いながら俺の頭を撫でる。なんで平然と俺に触ることができるんだ、そんな、慣れた手つきで。俺のことなんて何とも思っていないかのように。この間だって平気で服の上じゃなく俺の腕を掴んだ。その前は服の上からだがぺたぺたと体を触られた。それなのに、泣いた所を見せた次の日は勝手に気まずい空気を作ったり、期待してると言う言葉に頬を赤らめてみたり、一体どういう根性しているんだ。とんでもない奴を好きになってしまったな、と後悔してももう遅い。野球以外のことでここまで悩まないといけないなんて初めてだ。のせいで調子が狂うんだということを、は知らない。
 けれどいつまでもやられっぱなしでは、それも面白くない。思いついたのは、先日の倉持の言葉。

「なあー、一個お願いしていい?」
「なに、珍しく改まって。課題なら別に…」
「携帯の待受画面見せて?」

 ニッと笑って聞いてみると、ガタン!大きな音を立てては席から落ちそうになった。意外と響いた音に、クラスメートたちはの方を一瞬見る。けれど色々あっただ、すぐにクラスメートたちの視線は逸れてしまう。しかしなんだ、その顔は。まるで林檎のように真っ赤だ。この間、が部員になりたいと言って来た時も赤くはなっていたが、あの時は俯いていたため耳が赤いことしか確認できなかった。それが、目の前で沸騰して今でも湯気が出るのではないかと言うほど赤い。

「な、ななな、な、」
「どーしたー、壊れたかー」
「ちが、へ、まちうけ、え!?」

 これでは何かあると言っているようなものだ。益々興味が湧く。の携帯が入っているであろう、机の横に引っ掛けられた鞄にちらりと目をやる。すると更に焦り出し、魚のように口をぱくぱくさせる。追い討ちをかけるべく、ちょっと意地悪してみることにした。一つ、思い当たるとすれば。

「また“お兄ちゃん”とのツーショット?」

 とアドレスを交換した時、プロフィールに登録されていたのはの兄貴のツーショット写メだった。それを思い出して聞いてみるも、思いっ切り首を横に振って否定する。そんなに振ったら首がもげるぞ、と思いながら、初めて見る動揺したに結構感動した。あのがこんなに動揺して言葉も出て来ないだなんて。聞いてみたかいはあったか、と思った。我ながらあくどいとは思うが。

「なんでいきなり、待ち受けなんか…!」
「いやだって倉持が“の待ち受け見たことあるか”って言うから気になって」
「倉持…っ」

 忌々しく名前を呼び、何だかすごいオーラを出して教室を出て行った。滅多に取り乱すことのないを見て、クラスメートたちもぽかんとしている。
 なんか悪いことでも言ったか?よほど見せられないような趣味の写真か?満面の笑みのプリクラとか?ああ見えてミーハーで今流行りのアイドルが待ち受けだったりして―――色々考えてはみるものの、そこまで隠すようなものでもない。真っ赤になってまで隠すようなものでもない。例えば、まあ、いわゆる今流行りのBでLなアレが趣味だったとしても、俺はを軽蔑したり変な目で見たりすることはないだろうし。しかしそこまで必死に隠したいと言うのなら、もしかしたら、もしかするのかも知れない。それを倉持にはカミングアウトしているというのはまたおかしな話ではあるが。
 不思議に思っていると、はやや涙目になりながら予鈴と共に教室に戻って来た。

「おー、お疲れ」
「倉持…信じてたのに…」
「いや俺も詳しくは聞いてないって」
「御幸くんには死んでも見せない」
「い、いやそこまでして見たい訳じゃねぇし」
「…ならいいけど」

 そこまでして俺に見せたくない待ち受け画像って一体何なんだ。本当にそういう、バレたらまずい感じの趣味の画像なのだろうか。それをうっかり倉持が見てしまった、ということも有り得る。
 まあ、の嫌がることをしたい訳ではない。気にならない訳ではないが、そこまで拒否されてしまえば無理に見せてくれなんてしつこく言えない。「着信拒否するから」とまた言われそうだ。いや、それならまだいい。こうして後ろからシャーペンで突いて振り向いてくれなくなったら終わりだ。俺が終わりだ。

「た…例えばの話だけど」
「うん」
「御幸くんのファンの子が、御幸くんの写メを待ち受けにしていたらどう思う?」

 は?―――取り出した教科書をばさばさっと一式床に落としてしまった。しかし、至極真剣には質問しているようだ。まださっきの名残で顔は赤いが、いくらか喋りはしっかりして来た。問いを投げかけたまま、口を真一文字に結んでじっとこっちを見て来る。そんなじっと見つめられたら穴空いちゃうんですけど、なんていつもの冗談を言える雰囲気でもない。散らかしてしまった教科書を拾いながら、未だ返事を待つをちらっと見た。
 もうそれ、殆ど答え言っているようなもんだよな。ずきり、と胸の奥が痛む。つまり、には好きなやつがいてそいつの写メを待ち受けにしていると言う訳だ。少しでも意識してくれているのではないかと期待した自分が馬鹿みたいだ。は部活になれば人が変わると言うし、インハイ前と言うこともあって男子バドミントン部と合同練習もしているという。だとしたら、その男バドの中に憧れの先輩やら、気になる同級生がいてもおかしくはない。

「ねえ、御幸くん」

 促すように名前を呼ばれる。まともにの顔を見られる自信がないな。

「…その相手にもよるけど」
「うん」
「例えば、好きな子が自分の写メ待ち受けにしてくれてたら、嬉しい以外はねぇだろ」
「付き合ってなくても?」
「付き合ってなくても」
「好きって言ってなくても?」
「言ってなくても」

 そっか、と何か納得したかのように頷くの中で、何か整理がついたのだろうか。それとは裏腹に、俺の方はどんどんもやもやして行くばかりだ。
 の待ち受けに俺がいたらいいのに。俺だったら、の写メを待ち受けにするのに。ありもしない現実にぶち当たって、二日連続で俺は大きなダメージを受けたのだった。








(2014/07/01)