定期テストが一気にたくさん返って来た。今回も赤点は免れたが、前の席のの返って来たテストの点数を見て驚いた。こいつ、めちゃくちゃ頭も良い。そりゃそうか、一般入学だもんな―――そう思いながら、の点数を全て盗み見していたことを知られた時のことを考えた。マズイ、かなりマズイ。でも隠そうともしないも悪いと言えば悪い。無頓着なのだろうが、の隣の奴もの点数が見えたらしくぎょっとしていた。に苦手なものというのはないのか。…いや、人間関係の構築が苦手とは言っていたな。
 そんな昼休み、教室のドアから倉持が顔を出した。

ー、呼び出し呼び出し」
「誰?」
「俺のクラスのやつ」

 分かった、と言って席を立つ。そんな時、つい目が行ってしまうのはやはりの脚だ。普段、前後の席で喋っている分、の脚を見られる機会は少ない。ほど真面目に授業を聞いている生徒ほど授業では当てられにくく、この間の古典の授業のように立ち上がる際に揺れるスカートが見られることもなかなかないのだ、実は。更には七月になってもは長袖のカッターシャツを着続けている。理由を聞けば「擦り傷や打撲で見苦しいから」とあっさり教えてくれたが、かなりショックだ。俺の見られるの肌の範囲はスカートとソックスの間と首に限られている。
 俺の席の横を過ぎて行く。他の女子生徒よりも長い膝丈のスカートが揺れる。ふわりと優しく風が吹いた。の髪も靡く。横目ながらも、をじっと観察してしまった。後ろ姿まで追っていると、ニヤニヤと面白そうな顔をした倉持がいる。…あいつ、俺がを好きなことなんて、間違いなくとっくに気付いているんだろうな。
 これだけ洞察力の鋭いチームメイトを持つと本当に大変だ。その洞察力の鋭い倉持が、俺に向かって手招きをする。いや、関係ねーだろ、と思いつつもしつこくにやにやしているため、重い腰を上げた。
 廊下に出て見ると、を呼び出したのは倉持と同じクラスと言う女子だった。より背が高い。俺と倉持は教室の扉に凭れて、二人の会話を見届けることにした。

「私、。倉持と同じクラスなんだ」
「…です」
「うん、でさ。早速なんだけどバド部入っていい?」

 また突然な。しかもインターハイ目の前のこの中途半端な時期に。もしや、がインターハイに出ると決まって入部を決めたのだろうか。ああいう人数の少ない部活は生徒に認知されていないことも多い。

「いや、あの、そりゃ、いいと思うけど…なんで、私?」
「いやホラ…私意外と人見知りだからさんから紹介してもらいたいな〜…って…」

 どこからどう見ても人見知りそうには見えないが、とりあえず黙っておく。倉持はとにかく面白そうにしている。はともかく、なんかガチガチに緊張しているじゃないか。放っておいていいのか、の人見知りとか嘘だろ、あれ。段々二人のやり取りが心配になって来た。が、から「分かった。とりあえず今日見学来る?」と見学お誘いの言葉をかける。その声は、心なしかトーンがいつもより上がった。そんなは「行く行く!」と身を乗り出して返事をする。…あ、こいつ人見知りって絶対嘘だな。
 まあのキャラクターは置いておいて、やはり一年生一人の今の状態は不安も心配も大きいのだろう。部活に同級生の仲間がいることは心強い。毎年大勢の新入部員が入る俺たち野球部にとっては当たり前のことも、のような少人数部にでは違う。バドミントン部は部活存続もかかっている。

「ちなみにバドミントンの経験は」
「中学で一年ちょっとだけやって辞めた」
「十分だね。先輩にはメールしとく」
「ありがとう!で、なんて呼んだらいい?さんとかよそよそしいし…中学でのあだ名とかないの?」

 ぐいぐい来るな、。ちょっと、いやかなり羨ましい。これくらい俺もに押して行けたらもうちょっとくらい近付くのだろうが、どうもそれができない。じわじわと、数ミリのレベルで近付いているような気はしているのだが、俺がゆっくり積み上げて来たものを、一気に追い抜かれた気がして面白くない。
 むっとしていると、倉持は一層ニヤニヤと緩んだ顔をして俺の脇腹をつついて来る。が、そこで何かやり返すのも癪に障るので無視を決め込む。

「……、」
「へ、なに?」
、て呼ばれてた」
「おっけーおっけー、ちゃんね!よろしく!もう入部する気でいるから私!」
「うん、よろしく…」

 テンションの低いに対し、ぐいぐい来るは大分メンタルの強い人間らしい。終始この高いテンションを保ってに接し続けた。めげないというのか、あれがの通常運転だとすれば、これがの通常運転なのだろう。凸凹コンビのように見えるが、まあ、上手くかみ合えば良い友人になる、のだろうか。かなり一方的にが話を進めているように見えなくもないが。
 「それじゃあ帰るねー!」と言っての呼び出しに使った倉持をも置いて自分のクラスに戻って行く。そのを見送りながら、倉持はぼそっと言った。「あいつもクラスにダチいねーんだよ」と。かなり意外だ。コミュニケーション能力なら高そうに見えるのに、クラスでは人を寄せ付けないような雰囲気でも纏っているのだろうか。
 騒がしかった人間が一人去り、けれどまだこっちを向かないに声をかける。

「よかったじゃん、
「うん」

 反応が随分と薄い。しかもなかなかこっちを見ない。不思議に思って近寄ろうとすると、倉持に先越された。そしての顔を覗き込んだ倉持が噴き出す。

「ヒャハハッ!!真っ赤じゃねえか!!」
「う、うるさい倉持…」

 なるほど、なりに照れていたのか。それとも緊張したのか、恥ずかしかったのか。もうクラス帰りなよ、と倉持に冷たく言うと、俯いてこっちを向く。目が合うと、確かにこれまで見たことがないほど顔が赤くなっていた。泣いている所も、ちょっと頬を染めた所も、微笑んだ所も見たことはあるが、これは初めて見る表情だ。見ているこっちが恥ずかしくなるほど林檎のように赤い顔。

「みっ、御幸くんも早く教室入ろ」
「お、おう、って、おう!?」

 俺の腕をぐいぐい引いて席まで辿り着く。その距離僅か数メートル。
 今日は驚くことばかりだ。新しいの顔を見られたり、何の躊躇いもなく俺の腕を引っ張ったり、一体どうしたんだ。ちょっとくらい警戒してくれた方がありがたいのに、最近時々、は急に俺をどきっとさせるようなことばかり仕掛けて来る。それが何も考えずに天然でやられていることだから余計タチが悪い。
 俺の心臓のことも配慮してくれよ、と思いながらに掴まれた手首に触れた。ああもう女々しいな。言えたらきっと楽なのに。俺はが好きです、と、その短い一言が言えたらすっきりするだろうに、今はまだこのタイミングじゃないんだろうなと思う。もう少し、もう少しの我慢だ。まだ機会ならきっとある。
 今は、俺もも目の前の大会に集中すべき時期なのだ。








(2014/06/27)