とりあえずメアドは交換したものの、進展は特にない。相変わらず俺が話し掛けて、それにが応答するというような感じだ。あの夜見せてくれたような笑顔は、あれ以来一度も見ていない。授業を受けるぴんと伸びた背筋、開かれた窓から入る風に揺れる髪、ノートを書く時々動く右手と、教科書を捲る左手。
 を好きだと自覚してから、余計に意識してしまうようになった。俺の前の席なのが全て悪い。一つ一つの動作をじっと見てしまい、授業が頭に入って来ない。けれど、は俺の視線に気付くこともなく、いつも通り授業を受ける。いつも通り。
 すると、小さなノートの切れ端がすっとから回される。

 ―――ちゃんと授業受けなよ。もうすぐ古文訳当たると思うけど。

 おいおいマジかよ。は全部お見通しってか。
 随分授業に置いて行かれていた俺は、慌ててその紙きれの端に書かれた四十ページを開く。停止していたページから四ページは進んでいる。わかんね、と思いながら古文辞書をぱらぱらと捲る。

ー、四十ページ訳してみろー」
「はい」

 指名されて立ち上がる。その少し前かがみになった瞬間、スカートが風に翻った。その一瞬見える、白い膝裏。絶対領域とは上手く言ったもんだ。他の女子よりも長めのスカートのの白い脚が拝めることは滅多にない。スカートとハイソックスのその隙間。俺はの古文訳をすらすらと答える声を聞きながら、その白い脚ばかり見ていた。
 幸い、が当たったお陰で俺は結局古文の授業では一度も当たらなかった。ダブルでラッキーだ。やったな、と思いながら笑っていると、鬼のような形相でが振り返る。

「集中できなかったんだけど」
「俺のせい?」
「ずっと見られてて気にならない訳がない」
「自意識過剰じゃね?」
「ない。御幸くんって変態なんだね」

 うわ、に言われるとこれは傷付く。結構今、キた。

気をつけろよー。こいつから野球取ったらただの眼鏡だぞー」
「そうみたい」

 なんでいつもこうタイミングよく現れるんだ倉持は。ああ、そう言えばこいつもくらいしか友達いないんだったか。こうして昼休みに来てはと話して帰って行くけれど、仲の良さを見せつけられているようでむかつく。いや、実際仲は良いんだろうけど。俺よりとっくにの連絡先だって手に入れているのだろう。
 いや、まあ順番はもうこの際どうでもいい。は倉持とメールや電話をしているのだろうか。どれくらいの間隔で連絡を取っているのだろうか。目の前で喋り続ける二人を観察する。
 今日もは弁当だ。一人暮らしでよく作って持って来られるなと感心するが、よく見るとその中身は半分は白ご飯、残り半分は前日の夕飯の残りと卵焼き程度で、ちょっと笑った。まあ、漫画のようには行かないらしい。それでも、自炊していると言う所はすごい。あれだけ遅くまで一人練習をして、帰って夕飯を作って、勉強をして―――、本当に努力家だな。でも弁当、それだけで足りるのか。女子の胃袋はどうなってんだ、と俺はたまに思う。

「もうすぐ夏休みだなー」
「練習漬けなんでしょ?」
「おう。もな」
「先輩も、がんばるって言ってた」
「良かったじゃん」

 どうやら、夏の大会で優勝を狙うとが言うと、先輩四人は随分と驚いたらしい。若干、引いたのだとか。全国まで行きたい、と更に言うと絶句されたと。そりゃあ、野球部ならともかく、たった五人のバドミントン部でそんな発言をされたら先輩たちも動揺するだろう。とんでもない一年を入部させてしまった訳だ、今年は。
 けれど、そんなの本気の姿勢を見て先輩たちも刺激されたらしく、今は男女合同で練習をしていると―――

「男女合同!?」
「だって、全国に出るなら男子のスマッシュ打ち返せるくらいじゃないと。先輩たちは好きだけど、全国レベルじゃない」
「まあ、そりゃそうだけど…」
「おいマジ気をつけろよ、こいつ今不純なこと考えてたぞ、ヒャハッ」
「…………」
「してねえよ!その目やめろ!」

 いや、してた。部活となれば、いつも隠されたの白い脚は白日の下に晒される訳で。この間の体育ですらひやひやしたと言うのに、他の男子の目にの脚をを見られるのかと思うと気が気でない。もしかしたら下心込みでを見ている連中だっているかも知れない。同じ体育館で部活をしている時点で焦ってはいたが、これが合同練習となるとまた俺の焦燥感は拍車がかかるのだ。

「まあ、野球部だって不純な目で見てる人はいるもんね」
「俺は大歓迎だけどな!」
「倉持はそのままでいてね」
「なあそれ褒めてねえよな?な?」
「プレーしてる倉持はかっこいいよ」
「マジで!俺今日から更に頑張るわ!試合見に来いよな」
「私のと被らなければね。私だって勝ち進む気あるし」
「そうだよなー。でも来て欲しいよな、御幸?」

 なぜここで俺に振る。さっきまで俺を空気のように扱っていた癖に。ははは、と乾いた声を漏らすと。じっとの目がこっちを見る。あの、意図をくみ取れない双眸で。

「見に来て欲しいの?」
「は?」
「試合。見に来て欲しいの?」
「そ…りゃ、応援は多い方が嬉しいだろ…」
「じゃ…行こうかな」

 なんだそれ。
 ぽかんとしていると、いつもタイミング良くチャイムが鳴る。倉持もさっさと自分のクラスに帰って行ったし、もまた前を向く。
 さっきのの言葉を、何度も反芻する。倉持には即答しなかったのに、さっき、俺の言葉に「行く」と言ったか?
 なんだ、それ。








(2014/06/12)