体育の授業は隣のクラスと合同だ。女子はバドミントンだと言っていたが、それならは楽しそうにしているのかと思えばそうでもない。ああそうか、こいつ友達いないんだった。それに体育の授業でのバドミントンなんてからすればお遊びみたいなものかも知れない。
 相変わらずぼうっとした無気力そうな顔をし、一人で体育館へ向かうの後ろ姿を発見。「」と言いながら肩を叩くと大袈裟なまでに肩をびくりと跳ねさせ振り返る。余りに面白くて笑ってやると、少し唇を尖らせて不機嫌を顕わにした。

「…なに」
「俺ほんとに嫌われてんなー…」
「別に嫌ってる訳じゃないけど」
「けど?」
「…………」
「言い逃げかよ!」

 が、その言葉はに届かず、すたすたと体育館へ向かってしまった。
 男子は外、女子は体育館。これがもし男子もバスケとかならのバドミントンをしている姿を拝めたかも知れないのに、非常に残念だ。…と思っていると、急に雲行きが怪しくなり、ぽつりぽつりと雨が降り出す。これはもしや、男子体育も体育館に変更になるのではないか。そう期待していると、

「男子も体育館だってよ!」

 隣のクラスの男子が叫ぶ。これは、絶好のチャンス。



*



 体育中のはやる気がない。本当にやる気がない。適当に組まされたであろう同級生の女子と打ち合いをしているが、こいつ本当にバドミントン部かというほどの脱力具合だ。いや、本業にこんな所で本気を出されても誰も太刀打ちできないだろうが。
 自分も出番が回って来るまでは体育館の隅で隣の女子の様子をちらちらと見る。他の男子は誰それの脚が綺麗だの、誰それが可愛いだの、まあお決まりと言っちゃお決まりの好みの女子の話をしている。それを流し聞きしていると、「次、と大橋コート入って!」という女子の体育教師の一言。お、と思って見るがやはりその眼はやる気がない。そこへ、厭味な女子の声が飛ぶ。どうやらの相手らしい。

「ねえねえさんバドミントンしにここ来たんでしょー?」
「全国区だっていうスマッシュ見せてよー」

 やっぱり、ああいう連中に目を付けられていたのか。くすくすと気色の悪い声が聞こえる。「えげつねぇなー女子」といつの間にか近くにいた倉持が零す。そういやこいつはと“友達”だった。やや心配そうにの方を見る。
 俺も、その他の男子も、最早うちのクラスの連中はがどういう対応をするのかじっと見ていた。
 サービス権はの相手から。あいつ、シングルスしかやったことないって言ったけど大丈夫なのか。へろへろと相手からに向けて対角線上に力ないサーブが飛ぶ。それを下打ちで適当に返す。すると相手は相手なりに振り被ってスマッシュを打つも、多分には高く打ち上げられたトスにでも見えているのだろう。は白いシャトルの軌道を見極め、右手を高く上げる。スマッシュを打つ気だ。だが、本気か、手を抜くか。誰もが息を呑んだその瞬間。

「うお…っ」
あいつ…目がマジだったぞ…」

 床に突き刺さるのではないかと言うほど、凄まじい勢いでシャトルはのラケットから打ち返された。しかも、厭味を言った女子の顔面ぎりぎりだ。相手は顔が引きつり、固まっている。
 プロのプレーヤーであればバドミントンのスマッシュは初速400km/hを超えることがあるらしい。ただシャトルの造りから手元に届く時には減速し、せいぜい60〜70km/hに落ちているのだという(これでも一応調べてみた)。流石におもちゃのようなラケットを持ったの腕から放たれるスマッシュの初速は100km/hもなかっただろう。レベルの高い選手のやり取りなら先程の佐倉のスマッシュだって簡単に打ち返せたであろうが、素人相手それは無理だ。それなのにあいつ、やりやがった。
 静まり返る体育館の中、はグリップの握り具合とガットの具合を見ながらぽつりと一言。

「ガットが緩い…思ったほどスピード出なかったな…」

 相手はまだ固まっている。これは体育教員も予想していなかったらしく、「は抜けて良いよ!」と焦りながら声をかけた。すんなりとコートを離れる。すると偶然か、視線を送り過ぎたか、ばちりとと目が合う。ふい、と目を逸らされそうになった所を、横にいた倉持が「こっち来い」と口パクしながら手招きをする。大人しく従う。…本当にこいつら仲が良いな。「ヒャハハッ」と笑う倉持を見て顔が引き攣った。
 体育館はネットで半分に仕切られているため、ネット越しの会話だ。

「倉持、なに?体育の授業出なよ」
「俺の出番まだだし。それより、なにあれ、本気?」
「まさか、半分も出してない。ていうか出せないよ、このガットゆるゆるだし、ラケット重い。グリップテープも剥がれかけ」
「なあ、今度本気のスマッシュ見せろよ」
「それなりの相手いないとやる気出ないんだけどなあ…」

 倉持の言うことは素直に聞くんだよなあ、こいつ。一体どんなきっかけがあったのだか。聞きたくてもなかなか聞けない。聞けるはずがない。に聞いたら「御幸くんには関係ない」だし、倉持に聞いたら「何お前に興味あんの?ヒャハッ」とか言われるのが関の山だ。
 とはいえ、さっきのスマッシュが本気じゃないと言うのなら、本気のスマッシュは一体どれほどのものか。これには興味が湧く。投手の球とはまた違う、シャトルの速さとは。

「こいつ、こいつは?」
「御幸くん?」
「御幸の顔面を的に直撃スマッシュかましてやれば」
「倉持てめぇ…」
「あ、なんかできそう」
お前もなあ…」

 その時、ふっと微かに笑う声が聞こえる。その出どころを見ると、だった。が、笑っている。滅多に口角の上がらないが、目を細めて笑うことのないが、ほんの少しだが笑った。

「は、……」
「じゃ、私戻るから。倉持と御幸くんも真面目に受けないと先生の目怖いよ」

 何事もなかったかのように女子の体育へ戻って行く。その背中をぽかんと見つめた。
 あのが、俺の前で初めて笑った。








(2014/06/09)