まだ隣にいる気がするのに。

 やけにあっさり帰って行ったさんの後ろ姿を見送って、拍子抜けしていた。だが、彼女はあれが常らしく、渡部も咎める様子も見せない。うちの課はよく打ち上げだなんだと、部署内での飲み会を好む人間が多い。さんのようなタイプは珍しかった。

「な、後腐れない感じだっただろ?ちゃん」
「後腐れないも何も、隙のすの字すらない」
「ま、彼女がうちのエースってとこだからな。そんでもってワークライフバランスの鬼。お陰で出世欲全然ない子だけど」
「青山さんと夏目くんを足したような方ですね」
「やー、でもさ、あの歳で出来過ぎかってくらい出来過ぎてて心配になるんだよね」

 運ばれて来たばかりのフォンダンショコラを皿に取り分けてもらいながら、そうぼやく。甘い香りの菓子の乗った皿は、当然泉の手に渡った。今日の任務を一通り終えた泉は、すっかりフォンダンショコラに夢中になっている。そういえば、さんも九条さんとフォンダンショコラがどうだとか言っていた。まさかこれのことだったとは。参加中、さんは殆ど食べ物を口にしていない。これから手伝いに行くと言っていたが、大丈夫なのだろうか。こういった場は、潜入捜査でなくても意外と疲れるものなのだ。

「オフはオフで上手い事やってるんだろうけど、なんせあの子、あれでプライベート全く見えないから」
「部下のオフがそんなに気になるのか?」
「関が玲ちゃん心配してるようなもんだよ」
「渡部さんがさんのお父さん…」

 大分しっかりした娘さんですね、と返す泉に同感だと頷いた。先程までも、彼女は代わる代わる挨拶に現れる外国人に、渡部の言った通りいくつもの言語を自在に操りコミュニケーションを取って見せた。それはもう、華麗な言語捌きとも言わんばかりに。それだけでなく、相手に会わせて変幻自在に変える表情、声色は、まるで女優のようだったのだ。どれも同じ女性とは思えないほど。

「まあ確かに、私生活が想像できない子だったな」

 だがもう恐らく、関わることもない。巧みに人とコミュニケーションを取りながら、どこか一線を引いて接していることに気付いていた。今日会ったパーティー客にも、俺にも、泉にも、渡部にも。何となく生き辛そうな女性だと、そんな印象も抱いたのだった。