『真面目に考えた方が良いよ』

 私がボーダーの戦闘員を続けるかどうか、進学先をどうするか、その二つを考えるタイミングはほぼ同じだった。決めかねている私を見て、同じ高校で同じボーダーの戦闘員をしている友人に言われたのは、そんな言葉だ。真面目に考えていなかった訳じゃないけれど、答えを先延ばしにしていたのは事実だ。あれこれ理由をつけては逃げていたのかも知れない。
 ただ大学に進学するのと、専門学校へ進学するのとでは訳が違う。空きのコマができる大学は、まだ少し余裕があるのかも知れない。最終的に出席日数と試験をパスできれば、単位はなんとかなる。けれど専門学校はそうではない。たった一つの欠席が後に響いて来るのだ。

『将来、は“どっち”に行きたいの?』

 ボーダーで戦闘員としてやって行くのか、それ以外のことを仕事にするのか。きっと今のままではどちらも疎かになることを、付き合いの長い友人は分かっていたのだろう。私が答えを出すまで、ずっと相談に乗ってくれていた。外聞や噂はどうでもいいと言ってくれた。
 私が出した答えは、戦闘員を辞めることだった。











 順位やポイントはもう関係なくなるが、今でも時々ランク戦に顔を出すことはあった。本部所属へと出戻りしてから、有難いことに下の子たちが相手をしてくれるのだ。本部からも私のトリガーは取り上げられず、むしろ非常時には出る用にようにとも言われていた。
 今日もそうだ。総務の仕事の手伝いを終え、まだB級に上がったばかりの子の相手をしていた。私に勝ってもポイントが手に入るわけでもないのに、そういう問題ではないらしい。

さんありがとうございました!」
「いえいえ。でも私はもう現役じゃないんだから、ちゃんと点数の動くランク戦した方が良いよ」

 とはいえ、たった二カ月じゃないですか―――その子は言った。確かにこうして時々ランク戦の相手をすることがあれば、訓練を見てくれと言われて、足りない指導係の穴を埋めることもある。いや、実際はそっちの方が多いくらいで、総務の仕事の方が割合としては少ない方かも知れない。都合のいい何でも屋のようなものだ。本部としては嵐山隊の仕事の軽減のためにも、きっと総務ではなく指導係にしたかったのだろう。最初は防衛任務も少しだけさせるつもりだったらしい。けれど支部長が上手く掛け合ってくれたらしく、防衛任務は外され、仕事も全てが新人指導ではなくなった。それでも防衛任務がないというだけで、随分私の肩の荷は軽い。専門学校二年目の私は、想像以上に忙しい学生生活を送っているのだ。
 もう一度ありがとうございました、と言って去って行く彼女は高校一年生らしい。私が高校一年生の時なんて、街を守るなんて立派な考えは持っていなかった。そもそも、まだ近界民が襲撃して来る前だったのだ。進学のことも考えず呑気に暮らしていたものだった。今の子たちは大変だなあ、とその背中を見送る。総務に置いた荷物を取りに行って、私もそろそろ帰らなければ。明日提出の課題があったはずだ。

さん、こんな所にいたんですか」

 不意に後ろから掛けられた声は、よく知っているものだった。振り返ると、予想通りの人物がいる。こんな所、と言うが、彼こそこんな所に、だ。玉狛に転属になっておきながら、最近はまた本部にいるのをよく見かける気がする。

「京介くん、それ私の台詞なんだけど」
「ランク戦してるって本当だったんすね」
「たまにだよ」

 どこか腑に落ちないような顔をしている京介くん。彼は玉狛に来たばかりの頃からよく面倒を見ていた。実力で言えば私より上だが、私の方が年上なこともあって懐いてくれていたとは思う。私が戦闘員を辞めて本部の総務課に転属すると支部長から発表があった時、一番怒っていたのは彼だった。表だって責めることはしないかったけれど、二人になった時には何度か問い詰められた。今でもそれは収まってないらしく、時々機嫌取りに玉狛に伺っても私を見る目は厳しい。
 だから、今こうして声を掛けられたことに驚いた。いや、その口調からするに私を探していたようであることに。

「トリガー、まだ持ってたんすね」
「まあ、持っていて良いって言われたし…何かあったら出ないといけないみたい」
「それだけの実力があるからでしょ」
「買い被り過ぎだって。現に京介くんにあっという間に抜かされちゃったし」
「今は俺もほとんどランク戦してませんし分かりませんよ」
「あはは、そんなの普段の動き見ていたら分かるってば」

 そこまで根を持っているのは、信頼していてくれたからだと思う。私が辞めると言った時、裏切られたように感じたのだろう。京介くんの師匠はレイジさんだけど、それ以外で一番世話を焼いていたのは多分、私だったはずだ。支部長から聞く前に直接私が言っていれば、何か変わったのだろうか。いや、今考えた所で後の祭りだ。
 本部から玉狛に転属になった人間と、本部から玉狛に転属になった挙句戦闘員を辞めて本部に戻って来た人間。その組み合わせが珍しいのか、通り過ぎる人たちはちらちらとこちらを見て行く。或いは、京介くんに声をかけたいのか。

「今だって相手になっているのは大体C級か、B級に上がった直後の子ばっかりだよ。もうB級中位くらいは私じゃ相手にならないって」
「本当にそうだったら本部はさんのトリガーを回収すると思いますけど」
「本部も私を過大評価しているだけ」
さんは自分を過小評価し過ぎです」
「…どっちにしろ、私はもう防衛任務にも就かないから」

 あとは周りに置いて行かれるだけだ。友人とも何度もランク戦をしたし、防衛任務でも一緒になったことはある。同じくらいのレベルでいつも張り合って来ていた。京介くんも同じで、何度も防衛任務には一緒に就いたことがある。どんどん強くなる彼を見るのは嬉しかった。もう、そう思い始めていた頃には終わっていたんだと思う。自分が強くなるより、下を育てて行く方が私には大切なのだと。
 けれど、それを言って彼は納得するだろうか。逆に、自分せいで、と思い込んだりしないだろうか。それとも、そんなことを考えること自体傲慢だろうか。本当は、ずっと気にしていて欲しいと思うのも、きっと我儘だ。京介くんは私が初めて指導した子だけれど、あそこまで熱心に指導した子もいないし、あそこまで慕ってくれた子もいない。京介くんは、私にとってある意味特別だった。

「俺は寂しいです」
「え?」
「ずっと、前にいてくれたさんがいなくなって」
「…そっか」

 先輩としてそれは嬉しい言葉だったけれど、もうそこには戻れないことを知っているから胸が軋むばかり。私に執着してもどうしようもないと伝えるべきなのだ。もっと追いかけるに相応しい人がいるし、京介くんが前を走ってあげないといけない子だっている。
 彼が言っていることも分かる。寂しいのは私も同じなのだから。けれどそれを言ってしまうのは大人ではないから言わないだけ。私だって、私だけを追いかけてくれる人がいなくなって、大事なパズルのピースを一つ失くしてしまったような気分だった。




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(2016/02/07)