「んん?」

 お昼休み、日替わりのランチを食堂で頼み、一人で席についた瞬間、ポケットに入れていた携帯が震えた。この間久し振りに会ったばかりの後輩からメールを受け取った知らせだ。ちゃん―――烏野高校バレー部マネージャーの後輩からのものである。一つ年下のちゃんとは今でも時々連絡を取り合っており、彼女が宮城へ帰省する時は必ずと言って良いほど会っていた。決して多くはない部員数、マネージャーも私の上は二つ上の清水先輩だけ。だから、すぐ一つ下にマネージャーの後輩ができた時は泣くほど喜んだものだ。

 ―――こんにちは、仁花先輩。この間は菅原さんの連絡先を教えてもらってありがとうございました。

 律儀な挨拶から始まるいつもの彼女のメール。だがただのメールにしてはスクロールが随分長い。やはりあの影山くんの結婚式のショックから立ち直れていないのだろうか、その相談だろうか、なんて思いながら読み進めて行く。ちゃんからのメールは珍しくこそないものの、その先の内容には驚かざるを得なかった。

 ―――その後、菅原さんと私はお付き合いをしています。

「ぶはっ!?」

 思わず、飲みかけていた水をテーブルに噴き出す。窓に面したカウンター席で良かった。周りに私の噴き出した水を被った人はいないようだ。多少注目はされたものの、誰にも迷惑はかけていない。
 さて、口元を拭いて画面にもう一度目を戻す。何度読んでも、何度読み返してみても、内容は変わらない。驚きの事実しか書かれていなかった。結婚式の夜は菅原先輩が一緒にホテルに泊まってくれたこと、後日菅原先輩と連絡を取り合って二人で会ったこと、その日の内に付き合うことになったこと、そして、

「影山くんが、忘れられない…」

 菅原先輩はビジネスライクな程度の付き合い、とちゃんに言ったのだそうだ。けれどそれにさえちゃんは申し訳なく思っていると。その長いメールの中には、既にちゃんが影山くんとの間にあった色んなことも話したと書いてある。
 恐らくだが、最初は面倒見のいい菅原先輩がちゃんを放っておけなかったのだろう。影山くんの結婚式の夜もだって、とても面倒臭そうにしていつつも、このメールによれば結局は二人でホテルに泊まったという(ただし菅原先輩とちゃんの性格を考えれば、この日の内に何かがあったとは考えにくい)。あれだけちゃんが泣いていれば、初対面のだとしても菅原先輩であれば心配くらいはする。何の意図があって菅原先輩がちゃんに付き合うことを提示したかまでは図りかねるけれど、どうでもよければ付き合うなんて言葉は出さない人ではないだろうか。ちゃんを気に入って付け込もうとしているというのも、菅原先輩の人柄からしてしっくり来ない。
 昼休みは限られている。日替わりランチを食べながらそのメールを何度も読み返してみたけれど、菅原先輩とちゃんが交際することに何の問題があるのか私には分からなかった。あまりにも難解過ぎた。ちゃんは考え過ぎてしまう性格だし、気を遣いすぎなのではないだろうか。

(菅原先輩を好きになったら好きになったで拒む人ではないと思うけど…)

 菅原先輩だって、いくら優しい先輩とは言え神様ではない。ちゃんのことが本当に面倒臭かったらまめにメールをしたり、ご飯に行ったり、ましてや家に泊めるなんてことはしないはずだ。けれどちゃんはメールの最後に、「このままでいいのでしょうか」と書いて来た。
 これだけのメール、きっとちゃんなら何日かかけて打ったに違いない。それでも気が動転している、というか、混乱しか見えないようなメールになってしまっていて、私も理解するのに時間がかかる。
 ちゃんが今もまだ影山くんを忘れられなくて、未練しかないことを知りつつも、菅原さんが傍に置いておく理由。何度も読み返すうちに見えて来た。多分、ちゃんは今それを一番問いたいのだろう。そんなの、一つしか見当たらないと言うのに。

(私に言えることなんて一つしかないんじゃないかなあ…)

 でもそれは私が言うべきことではない。ちゃんが直接聞くべきで、菅原先輩が直接言うべきことだ。
 菅原先輩はきっと、ちゃんを本当に好きなのだ。





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(2016/01/07)