後輩の結婚式に出席した。二次会で終わりのはずだったのが、なかなか揃うこともないからと、俺と大地、旭、それから清水の四人でもう少し話そうということになった。すると自然と田中と西谷がついて来て、そわそわする谷地さんも誘い、懐かしくなかなかの人数となった。日向は新幹線の時間があるからと泣きながら帰ったが、よく見れば知らない顔もある。恐らく影山の後輩にあたるやつらだろう。 最初はそんな大所帯で入った居酒屋だったが、一人二人と終電などの関係で帰って行く。最終的には当初の予定からメンバーに入っていた四人と谷地さん、それと見知らぬ女性の五人になった。どうやら彼女は谷地さんの一つ下の後輩らしい。つまりは、影山の後輩の代のマネージャーだ。ずっと誰との会話にも入らず、一人で延々とカウンターで酒を飲み続けていた。お陰で、すっかり酔い潰れてテーブルに突っ伏している。ハイペースで飲んでいたため最初から心配はしていたのだが、やはりこうなってしまったらしい。 すると、同じテーブル席から清水が彼女を見て言う。 「仁花ちゃん、彩世ちゃん放っておいて大丈夫?」 「今日は仕方ないかなー…と…」 彩世という名前らしい。仙野彩世。そういえば卒業してから影山たちの試合を見に行った時、嶋田さんたちと観戦していたような、していなかったような。あの頃はまだ俺たちで言う谷地さんのような存在で、まだまだバレーの勉強中だったそうだ。しかしどうやら、今日は随分と訳ありらしい。苦笑いしながら谷地さんは続けた。 「大目に見てやって下さい。彩世ちゃん、影山くんが初恋の人かつ初彼だったんです」 驚愕の事実に俺も大地も旭もグラスを落としそうになる。谷地さんと清水から事情を聞けば、二人は喧嘩別れした訳ではなく、影山が東京へ進学することが決定し、やむを得ず別れたらしい。そして初恋を拗らせた仙野さんは、未だに影山に未練がタラタラで忘れることができないのだそう。別れてもなお影山を忘れられなかった仙野さんは、影山を追って一年後上京したものの、既に影山の隣には他の女性がいた、という訳だ。それが今日の新婦である。 なんでまたそんな関係の人間を結婚式に呼んだんだ、影山は。いや、もちろん俺たちだけを呼んで彼女一人に招待状を出さないと言うのも変な話だが。そう言われれば、出席した彼女の方が訳が分からない。なぜ自ら傷口を抉るようなことをしたのか。 「結婚式に出て、ちゃんとケリをつけるつもりだったんでしょうね」 「逆効果だったみたいだな…」 大地は顔を引き攣らせながら潰れた仙野さんの後姿を見遣る。 谷地さんによると、二人は端から見ていて恥ずかしいくらい初なカップルで、進展させるのに日向と谷地さんが手を焼いたのだとか。一年に満たなかった恋人関係だが、その間の二人は幸せそうで、いつも影山の隣に仙野さんはいた。影山が行き詰った時には仙野さんが、仙野さんが悩んでいる時には影山が、一つの歳の差はあれど、文字通り支え合ってやって来ていたらしい。あの影山が―――大地も旭もそう思ったことだろう。 「意外と面倒見よかったんですよ、影山くん」 「まあでも、そうじゃなきゃ結婚なんてできねえけど…」 「もう本当に彩世ちゃんもべた惚れ状態で、影山くんの東京進学が決まった時なんて日に日にやつれちゃって」 「そら重症な訳だ」 とうとうカウンターからは寝息すら聞こえて来た。その瞼は既に泣きすぎたせいで真っ赤に腫れている。式の最中は綺麗にしていたメイクも、特に目元が落ちてボロボロになってしまっている。二次会なんて出ずに帰れば良かったものを、と誰もが思ったのではないのだろうか。飲みたい気持ちになるのも分かる。だが、彼女も一応大人だ。こうなって周りに迷惑をかけることを考えなかったのだろうか、と。 そんな仙野さんを見て、「そろそろ解散にするか」と大地が言う。それはいいが、彼女を一体どうするつもりか。それを指摘すれば、なぜか俺に視線が集まる。 「いや…いやいや、待てってどういうことだよ!」 「いや…俺らホテルだし仙野さん連れて帰れないしな…この辺詳しくないし…」 「いくら女でもマネ陣が脱力した仙野を連れて帰れるとは…」 「俺だって一人暮らしだぞ!?」 「じゃあほら、適当にその辺のビジネスホテル見繕って放り込んでやれよ」 「大地の台詞とは思いたくもない…」 だがしかし、それが最善のような気がした。既に熟睡の域に達している仙野さんを見る。確かに、同じホテルに泊まっているとしても清水や谷地さんに連れて帰れとは言いにくい。雑だが、確かにここから近場のホテルを探して書き置きでも残して帰るのが手っ取り早いだろう。 溜め息をついて、完全に脱力している仙野さんに声をかける。が、もちろん起きはしない。大地と旭に手伝ってもらい、彼女を背負う。耳元に寝息がかかりくすぐったいが、それどころではない。あんなに華奢に見えたのに、熟睡した人間はこんなに重いのかと顔が引き攣った。 せめてホテルまで手伝ってくれるかと思った大地と旭だが、薄情なことに本当に途中で帰ってしまい、結局俺が一人で彼女を負ぶって行くことになった。いくらバレーをやっていたとは言え、今も時々しているとは言え、脱力人間一人に結婚式帰りの荷物となれば相当な重量だ。ホテルにつく頃には俺もへとへとになっていた。そこでようやく目を覚ましたらしい仙野さんが俺の背中でみじろぎ、「ううん…」と小さな唸り声を上げる。 「仙野さん、仙野さん起きた?」 「はぁー…い…」 「ホテル、ついたから降りて」 「はぁーい……」 一旦ロビーのソファに彼女を置いて、宿泊の手続きを済ませる。状況を察したらしいホテルのスタッフが荷物を運ぶのを部屋まで手伝ってくれたが、部屋に到着して彼女をベッドに転がすとまたすぐに眠ってしまった。まだパーティードレスを着たままだが、さすがに着替えさせてやることはできない。あとは自己責任だ、クリーニングにでも出してもらうことにしよう。 俺も適当に荷物を分けてある程度片付けると、再度彼女を見た。すると、またその頬には涙の筋が新しく作られていた。無造作に顔にかかった髪が鬱陶しそうだったので避けてやると、一瞬顔を顰める。起きたか、と思ったがそんな様子もない。代わりに、小さく唇が動いた。 「なんで…けっこんしちゃった、のぉ…」 「…………」 「とうきょー…きたのに……」 影山くんが忘れられなくて上京したんですよ、彩世ちゃん―――谷地さんの言っていたことを思い出す。初恋の相手かつ、初めての彼氏。そりゃあ拗らせても仕方がないかも知れない。影山も影山で、いくらバレー馬鹿とは言えたった一人で上京し、心細いこともあったのだろう。儘ならない事情が重なりに重なった結果だ。外から見ている俺は「仕方ないだろう」としか言えないが、普段は飲酒しないらしい彼女が浴びるように酒を飲み、瞼が腫れるほど泣いて、夢にまで見ているくらいなのだから、まだしばらく傷は癒えやしないのだろう。 「かげやまくん……」 彼女の寝言が小さなホテルの一室に響いた。 ![]() (2015/12/02) |