あの日のリフレイン

 きっかけというのは、奇跡的な巡り合わせだ。一度は途切れた相手との線が繋がることも、長年繋がった糸がある日突然ぷつりと途切れることも。今回は、前者だった。数年前、後者によって全くの関わりのない相手となってしまった彼と再び出会ったのは、必然ではなく偶然だった。



 始まりは、半年前にされた友人からの提案だった。まだ私が大学在学中で、仕事と学生業の二つを抱えていた頃だ。

さあ、うちの雑誌で撮ってみる気ない?」

 久し振りの休日、に呼び出されたかと思えば、世間話の次に出たのは仕事の話だった。唐突な連絡に只事ではないとは思っていたけれど、本当に只事ではなかった。まだまだ殆ど無名のフォトグラファーにとっては、大手ファッション誌からの依頼と言うのは正に青天の霹靂である。

って今…女性誌の『VOICE』で書いてるんだっけ」
「そうそう」
「いいの?いつものカメラマンさんとかいるんじゃない?」
「新しい企画に関わっていてさ、せっかくだからに頼みたくて」

 企画会議のレジュメを私に提示しながら言葉を添える。そこには、“世界が注目する世代”の文字がタイトルとして並んでいた。彼女の担当する雑誌の対象となる世代を、毎月色んな業界からピックアップするらしい。業界や性別問わず追って行くというものだった。
 仕事を選り好みしている場合ではない私は、ざっとレジュメに目を通して「ぜひやりたい」と返事をした。フォトグラファーとしても、同じ世代の女性としても、一緒に仕事をするというのはとても興味もある。なかなか入って来ることのない大きな仕事に、静かにテンションは上がった。

「VOICEの所属になってから、いつかと仕事がしたいってずっと思ってたの」
「光栄だなあ、大手雑誌のライターさんにそう言ってもらえるなんて」
「私なんてまだまだ下っ端だけどね。のことも会議でごり押しした」
「私に断られたらどうするつもりだったのよ」
「断られない自信があった」

 暇で悪かったわね、と返せば、慌て出す。こういう冗談も高校生の頃から変わらない。烏野から東京に進学し、そのまま東京で就職した同級生は私たちだけではない。けれど、私やと仲良くしていた同級生たちは、その殆どが地元に残った。は大学ではなく、私と同じ大学の短期大学部に進学した。しかし、キャンパスは同じなこともあって、ホームシックになった東京一年目を一緒に乗り越えたことは、まだ昨日のことのようだ。ホームシック以外にもあった、色々な辛いことも。がいなければ、今頃宮城に戻っていたかも知れないほど、どん底に落ちたこともある。
 が就職してからは以前ほど会えなくなったけれど、それでも定期的に連絡を取り、会っている彼女とは、これからも付き合いが続いて行くような確信がある。

「評判が良ければ長く続く企画だから、頑張ろうね」
「全力を尽くしますとも」

 その後、チームの努力もあって企画が半年続いた頃、慌てた様子のから電話が来た。いつも仕事に関してはメールなど文面でのやり取りが主だと言うのに、その只ならぬ様子に、内容も聞いてない内から私まで焦ってしまう。

、落ち着いて聞いてね』
「う、うん」
『次の企画のことなんだけど、あのね、ごめん』
「え?」

 まさか企画の打ち切りだろうか。好評だと聞いていたのだが、実はそうでもなかったとか。あれを機に、少しずつVOICEでの別の企画や、別の雑誌からも声がかかるようになって来た所なのに。学生でもなくなった今、これほど大きな仕事が切られるのは苦しい。
 けれど、彼女が発した言葉は、全く予想だにしないものだった。

『次の取材相手、影山くん、なんだけど…』
「……え?」

 心臓が、一瞬止まったような感覚を覚える。数年ぶりに聞いたその名前に心当たりは一人しかいない。こんな風にが確認を取ってる来る相手も、たった一人しか。秒速で頭の真ん中にあの日の景色が蘇って来る。言った言葉も、言われた言葉も、彼が私に背中を向けた瞬間も。まるで昨日のことのように色鮮やかに思い出される。私の高校時代のほぼ全てを彩る彼は、今やもう、どれだけ背伸びしようと手を伸ばそうと届かない相手になったはずだった。

『あの…どうしてもスケジュールがとか、体調がとか、今回だけ降りる理由ならいくらでもつけられるけど…』
「…………」

 抉られるような痛みが、まだ胸を襲う。時折テレビや雑誌で見かけてはそっと目を逸らして来た存在だったのに、まさかこんな所で、友人からその名前を聞くことになるなんて。
 彼女に悟られないよう、何度か深い呼吸を繰り返してから私は返事をした。