「……って訳なんだけど……一君?」 名前を呼ばれ、はっとして顔を上げると、不機嫌そうな表情の総司がいた。しまった、話半分にぼうっとしていたようだ。明らかに機嫌を損ねた総司は、大きな溜め息をつく。 「普段真面目な君がそんなだと気持ち悪いよね。体調でも悪い?」 「いや、何でもない」 自分のゼミの学生――のことを考えていただなんて、総司にだけは口が裂けても言えない。 「…大学紹介の話だったか」 休日に突然呼び出されたかと思えば、うちの大学の学生を一人貸して欲しいとのことだった。それなら何も、外に呼び出さなくとも電話をすれば済む話だ。それとも何か画策でもしているのか、適当な店に入ったかと思えば、「コーヒーくらい奢るよ」などと言い出す始末。思わず身構えてしまった。 「そうだよ。大学関係者に知り合いがいるって知ってる他の教員に学生選びを押し付けられたわけ。しかもできれば外部生で」 「日頃の行いだな」 そうかなあ、とまるで心当たりがないとでも言うように答える相手に脱力した。 しっかり話を聞いていなかったが、つまり話の流れからすると俺に適切な学生を見繕えということだろうか。確かに総司とは違い、学園関係者ではなく大学それ自体に勤務している俺の方が学生をよく知っていることは事実だ。しかしそのようなことを頼めるほど気軽に声をかけられる学生など、俺の知ってる学生の中にはいない。 「じゃあむしろ一君が母校を見せたいって思う子とかいないの?」 「……――、……」 「え?誰って?」 「あ、ああ、いや、何でもない」 今、なぜかの顔が頭を掠めた。何を馬鹿なことを、と頭を振るが、もし彼女に頼んだらどうだろう、などという仮定まで浮かんで来てしまう。 そもそも彼女が外部受験生かどうかさえ分からないのだ。確かに少し喋り方には特徴があるが(それを直さんとしていることも知っているが)、高校進学時に引っ越した可能性もある。必ずしも彼女が外部生だとは限らないため、総司の言う「母校を見せたい相手」とは少し違うのではないだろうか。 (だが、もしも……) もしもが外部生だったら、俺は彼女に母校を知って欲しいと思うかも知れない。 「ふうん?目つけてる子がいるなんて倫理的にどうなんだろうね」 「あんたに倫理を説かれたくない。それに、何でもないと言っている」 平静を装ってそう返すが、総司相手にどこまで誤魔化せているかは未知数だ。咳ばらいをしてコーヒーの最後の一口を流し込む。 何も出身校のことだけではないと思う。俺はのことを何も知らないし、彼女も俺のことなど何も知らない。俺と学生との関係などそのようなものだ。それに、彼女を意識しているのは俺ばかりで、彼女だって大学生なのだから付き合っている相手くらいいるのかも知れない。 (思うだけなら自由だ) そんなことを思ってカップを置く。しかし、総司が彼女につれられて大学の研究室に現れたのは、その翌日のことだった。 |