彼女がヒールを履かない理由


 仕事中はともかく、オフの日にはヒールの高い靴を履く女性兵士も多い。特に最近は流行りのようで、非番の彼女らはいつもより少し背が高い。中には5cmのヒールを履けば簡単に身長が170cmを超えてしまう子もいるようだ。
 そんな兵団のささやかなお洒落事情の中、私の目下の注目対象は医務室に勤務しているだった。という愛称で親しまれている彼女は、兵士としての訓練を積んだ人間ではなく、医者代わりを務める看護職員だ。調査兵団の医療衛生班になるには訓練を受ける必要があるため、それまで医療衛生班の兵士が兼務していた医務室職員を彼女が一手に引き受けている。が就任してからは、兵団の衛生面の指導も厳しく行うようになり、その結果体調不良を来す者(特に腹を下す者)も目に見えて減った。
 そんな彼女に注目している理由はただ一つ。兵団でトップを誇る実力を持ち、人類最強と称されるあのリヴァイ兵長の心を射止めた女性だからだ。

、非番かい?」
「はい。少し街まで行って来ます」

 噂をすればなんとやら、とでもいうのか。はいつもの白衣を羽織っておらず、代わりに小さな鞄を持っていた。そしてつい、彼女の足元を見てしまう。話しながらもその視線に気付いたのか、気まずそうには「私の足がなにか…」と聞いた。

は踵の高い靴履かないのかなって」
「ヒールですか。うーん…持っていて3cm程度ですね」
「それ最早ただの踵だよ」
「そうですね」

 可愛らしく朗らかに笑う
 そう、の恋人のリヴァイと言えば男の割に小柄だ。も女性兵士に比べれば随分華奢で背も低いが、それでも気にするものなのだろうか。彼の身長を慮ってのことだったら、なんと健気なことか。
 すると、そんなこちらの思考を読み取ったかのように「兵長は関係ありませんよ」と苦笑いして見せた。もしや他にも同じような質問をした人間がいるのだろうか。の身長もせいぜい150cm半ば、5cmものヒールを履けば並んでしまうくらいだろう。やはり心配をしたのは私だけではないらしい。

「高い靴は苦手なんです。だから私は踵程度で十分です」
「なるほど」
「まあ、でも…」

 言葉を一旦区切り、頬をやや紅く染める。

「あの人は見上げる方がかっこいいのもあるんですけどね」

 好きな人よりは小さくいたいものです―――そう、小さな声で付け加えた。とんでもない惚気だ。まさかの口からそのような壮絶な惚気が出るとは思わず、私は顔を青くして一歩身を引いた。あのリヴァイを無条件でかっこいいとうっとりしてしまう女性がいることは驚異だ。兵長の姿にではなく完全なるプライベートのリヴァイに惚れる女性なんて、この世にくらいではないだろうか。リヴァイが彼女を甘やかし、優しくしている所など想像もできないし、その逆もまた然別だ。あの顔でに愛を囁いているのかと思うとやや悪寒がする。けれどそんな私の心境などよそに、は相変わらず頬を染めている。
 その時、彼女の後ろから何か黒いオーラを纏った人影が現れる。

「おい、いつまで油売っていやがる」
「リヴァイ兵長…」

 ミヒロの腕を後ろから勢いよく引いたのは、件のリヴァイ兵長だった。バランスを崩したは、リヴァイの胸で受けとめられる。それに赤面どころか驚きもしないを見ると、彼のこの一連の動作はよくあることらしい。

「いつも俺より先にいるお前がいないと思えば浮気か」
「違いますってば」
「あとその敬語をやめろ気持ち悪い」
「まだ敷地を出ていませんもの」
「細けぇんだよお前は。おら、さっさと行くぞ」

 どうやらはリヴァイと約束をしていたらしい。を置いてすたすたと歩いて行くリヴァイに困った顔をする。彼女は一度振り返って私にお辞儀をすると、すぐに走ってリヴァイを追い掛ける。追い付いた彼女は縋るようにリヴァイの腕を掴み、振り向いたリヴァイはの頭を小突いた後、優しく愛でるように彼女の髪を梳く。そのやり取りはまるで小説の一節でも切り抜いたかのように自然で、美しい。そして離れていく後ろ姿を見て、が先程言っていた言葉に納得する。
 リヴァイを見上げるは何より幸せそうで、可愛らしかった。









(2013/08/08)