何かが劇的に変わった訳ではない。相変わらず人の目がある所では敬語で喋るし、世の中の恋人たちみたいにくっつく訳でも、甘い言葉を交わす訳でもない。それでも、以前とは違い一つ垣根を越えた先には、これまでと少し違う“特別”がある。触れることに理由は要らず、目が合えば微笑むことに幸せを感じる。躊躇いもぎこちなさも取り払われた関係で、私の心はこれまでにないほど満たされている。相変わらず、心配することは多いけれど。

「今日はやけに繁盛してんな」
「何やら危険でハードな訓練だったそうですよ。誰かさんのせいで」
「ほう…誰の告げ口だそれは」
「この状態を見たら分かるでしょう、リヴァイ兵士長。告げ口なんかじゃないです」

 いつもはがら空きの医務室に、怪我人が集まっている。さほど重傷の者はいないが、自力で手当てをするのは少しばかり困難な例ばかりだ。元々、これだけ人が入ることを想定していないため、医務室にはもう座る椅子がない。
 それまで「先生早くして下さい痛いです!」「さんこっちもー!」などと私を呼ぶ声は絶えなかったのだが、リヴァイが現れた途端に静まり返ってしまった。部屋を見渡しぎろりと兵士たちを睨むと、全員が全員、肩をびくりとさせて固まった。私は溜め息をつく。すると静寂の中ではそれがよく聞こえたらしく、舌打ちをして今度は私を睨む。そしてつかつかと歩いて来て、いつも私の使っている椅子にどかりと座った。とりあえず、順番は待つらしい。

「えーっと、次は誰だったかしら」

 怪我などないらしいリヴァイのことは後回しにして、怪我をした兵士たちを振り返る。しかし、さっきとは打って変わってしんとしてしまい、誰も声を上げる者がいない。兵士長である彼がいたら無理もない。とりあえず、近くにいた兵士から手当てをしていくことにした。怪我の大半が切り傷だが、どれも結構深くて出血もしている。捻挫や骨折など、今後の訓練に支障を来す怪我がなかったことだけが不幸中の幸いだろうか。どんな訓練だったのか私には想像もつかない。
 ようやく一人二人と怪我人が退室して行き、リヴァイと二人きりになる。その頃にはもう、彼の不機嫌は最高潮で、眉間の皺が酷いことになっている。

「そんな顔をされても」
「俺は元々こんな顔だ」
「いつもより険しいわよ」
「どっかの誰かさんのせいだろ」

 厭味たっぷりに私と同じ言葉を使って返す。私は半ば呆れながら、デスクに近付いた。

「それで、リヴァイ兵士長はどこをお怪我なさったんです?」
「てめぇ…」

 大きく変わる訳ではない日常。こんなやり取りも以前から何度もしていた。皮肉も厭味も言い合いながら、それが楽しく、嬉しいのだ。相変わらず「さんとリヴァイ兵長って…」と聞かれることもあり、それには「秘密です」と答えられるようになった。そのせいで色んな噂が尾ひれ付きで出回っているけれど、私も彼も気にせずに過ごせている。今はもう勘違いでも何でもないから、否定する必要はないのだ。
 けれど、直接的な私とリヴァイのやり取りに変化があるかと言われれば、ない。ただ、それでも。

「休憩時間だから来ただけだ。悪いかよ」

 こうして時々、私の心臓をぎゅっと握り締めることを言うから、たまらなくなる。そしてその度、私の心臓はこの人のものなのだと実感するのだ。







Fin.

 

(2013/06/22)