「!」 響いた大輝くんの声に体が竦む。私を見た大輝くんはそのまま近寄り、ぱんっ、と私の頬を叩いた。 「大ちゃん!」 「うるせぇ!人がどんだけ心配したと思ってんだ!」 私はあの後、家に帰らなかった。すぐ隣のさつきちゃんの家へ逃げ込んだのだ。泣き続ける私の話を延々聞いてくれたのはさつきちゃんで、大輝くんに連絡を入れてくれたのもさつきちゃんだった。 どれだけ待っても来ない私を、大輝くんはテツヤくんと二人で探し回ってくれたらしい。怒られるのは当然予想していたけれど、まさか叩かれるとは思っておらず、私はまた泣きたくなった。もういっそ、そのまま見捨ててくれた方が楽なんじゃないだろうかと、色々考えてしまった。大輝くんを見れないのは私に後ろめたい気持ちがあるからだ。さつきちゃんやテツヤくんが止めるのを無視して大輝くんは私を叱り続けるけれど、何を言われても右から左へ筒抜けだった。 「、おい聞いてんのか」 「大輝くん、私、」 「?」 「私、大輝くんの本当の妹になりたかった…っ」 私の本音は、いつだって二つある。大輝くんと血の繋がった兄妹だったらよかったのに、血が繋がってないなら兄妹じゃなければよかったのに、その二つの気持ちが私を引き裂いている。どっちも本当の気持ちだ。けれどその下には私の誤魔化しようのない恋心があって、だからどっちの本音も後ろめたさで塗り潰されていることには変わりがない。大輝くんはいつも私の兄でいようとしてくれているから、だから私も妹になろうとした。けれどそうすればそうするほど、好きだと言う気持ちが止められないのだ。 血が繋がっていないと言う事実を、大輝くんの前では言わないようにして来た。それを口にした時、私はお父さんもお母さんも大輝くんも裏切ることになるから。けれど自分を抑制できないくらい、今回の件は堪えたのだ。黄瀬涼太の言うとおり、私は大輝くんと幸せになることなんてできない。それを第三者に思い知らされたことは、あまりにも私の心を深く抉った。 「何、言ってんだよ…は俺の妹だろ…」 「違う!だって妹だったらこんな…!」 こんなに悩むはずがない。聞き分けが悪いはずがない。私は妹を演じようとしていただけなんだ。 けれどそこまでは言えなくて、言葉を詰まらせる。大輝くんも黙ってしまい、沈黙を破ったのはさつきちゃんだった。 「ねえ、今日はもう、二人とも興奮してるみたいだし…」 「そうですね、落ち着いてから話した方が良いと思います」 二人に宥められ、私は大輝くんと家に帰ることになった。今日は平日だ、さつきちゃんに迷惑をかける訳にもいかない。一軒分の短い距離を、大輝くんとテツヤくん、三人で帰る。会話はなくて、一分にも満たない時間が酷く長いように感じた。 門の前まで来ると、大輝くんは「先に入ってろ」と私を中へ追いやる。玄関のドアを閉めてしまえば、もうそこは遮断された世界。大輝くんとテツヤくんは何を話すのだろうか。恐らく私のことだろうけど、私のことをどんな風に話すのだろうか。分厚いドアに阻まれて、それを盗み聞くことは叶わない。 分かっていて言った。大輝くんの気持ちを知りながらあんなことを言った。板挟みになっているのは私も大輝くんも同じなのに。これならまだ、演じている方が良い妹でいられたのだろうか。 *** を先に家に入れると、を探すのを手伝ってくれたテツを振り返った。 「悪かったな、テツ」 「いえ、ちゃんに何もなくて良かったです」 最近、はあんな顔ばっかしている。飲み会に連れて行って以降か、無理して笑っている。それに気付きながらどうもしてやれない自分に腹が立った。を叩いたのは、八つ当たり半分だ。あんなことを言ったのは、大方黄瀬に何か言われたからなのだろう。どうも黄瀬はに付き纏っているらしい。だが、俺もいつでもについていられる訳ではない。けれどここで俺から黄瀬に何か言った所で、ますますに何かを吹き込む隙を作ってしまうだけだ。どうすればいいものか、俺も手詰まりだった。 「叩いたことは謝った方が良いですよ。かなりショックを受けていたみたいです」 「ああ」 「彼女、痩せましたね」 「ここ一、二週間だ」 目に見えての食は細くなっていた。何を悩んでいるかも分かっているのに、解決してやることもできない。とこれだけ長い時間家族としてやって来たのに、兄として解決の糸口さえ見付けてやれず、無力感ばかりが湧いて来る。 のことを妹じゃないと思ったことなんて一度もない。けれど、妹でなければ良かったと思ったことがないと言われれば嘘になる。それは多分、も同じだ。傍にいる時間が長い分、血は繋がってなかろうと考えていることは分かるようになっていた。だから確信しているのだ、も俺も同じ気持ちなのだと。それを掻き消そうとして板挟みになり、抜け出せずにいる。 「彼女の気持ちは知ってました。けれどまさか…」 「それ以上は言うなよ、テツ」 「…………」 「俺がを不幸にする訳にはいかねぇんだよ。あいつは世界で一番幸せになるべきだ。その為には、俺らは絶対“兄妹”でないといけねぇ」 「ちゃんを幸せにできるのは、青峰くんではないのですか」 顔を歪めて、テツは不思議そうに聞いて来た。そんなもの、決まっている。 「俺じゃ、ダメだろ」 が家族を失う訳にはいかないのだから。 |