年末のある日、私は青峰くんと出掛けていた。もちろん、私は眼鏡をかけ、帽子を被り、マスクをつけ…と顔が割れないようにしっかりと隠して。未成年を遅くまで引っ張り回してはいけないと、早めに駅へ向かったはいいものの、運悪く途中で酷い雪に見舞われた。駅に着いてみれば電車は当然止まっており、青峰くんは帰宅の足を絶たれてしまった。
「帰れないね…」
「どうすっかな」
「うちに泊まって行きますか?」
遠くから来る友達にもよく言う台詞をさらりと言えば、青峰くんは目を丸くして私を見下ろす。首を傾げて見上げていると、ばしんと頭を叩かれた。手加減はしてくれたのだろうが、それでも痛い。涙目になりながら頭を押さえるが、青峰くんから謝罪の言葉は出ない。
「い、った…!」
「意味分かって言ってんのかよ」
「えっ?」
私が悪いとでも言いたげに尚も睨んで来る青峰くん。しかし理解できずにまだ目をぱちぱちさせていれば、青峰くんは冷えた私の手をぐいっと引っ張って自分のジャケットのポケットに突っ込んだ。不機嫌そうな顔とやってることがちぐはぐだ。
青峰くんの手も冷たかったけれど、重ねればすぐに温かくなった。取り敢えず理由は分からないが本気で怒っている訳ではないらしく、笑いかければ照れ隠しに顔を背ける(私が最近見抜いた彼の癖だ)。
「冷たい手ぇしやがって」
「でももう冷たくないでしょう?」
「…どうなっても知らねーぞ」
「え?なに?聞こえなかった…」
「俺が年下だからってあんま隙作んなって言ってんだよ!」
突然隣で叫ばれ、耳がキーンとする。また涙目になりながら今度は私が睨むと、青峰くんはバツの悪そうな顔をした。
「泊まらせてくれんだろ。早く案内しろよ」
「…部屋散らかさないで下さいね」
「もう本で散らかってんだろ」
「そんなことありません!」
「うるせーな!」
「先に叫んだのは青峰くんです!」
言い合いをしながら、でも手はしっかり繋いだまま歩く。もう少し部屋が近付いたらこの手は離さないといけないから。
青峰くんと同じ高校の制服を着て歩けないし、学校行事にも一緒に参加なんてできない。堂々と手を繋いだり出掛けたりすることもそう頻繁にはできない。けれど、だからたまにこうして触れられることが大きな幸せのように思えるのだ。
いつの間にか口論も終わり、私たちの間から会話が消える。赤信号で止まった時、私は人を避ける振りをして少しだけ青峰くんの方に寄った。私の腕と青峰くんの腕がぴったりくっつくと、繋いでいた手をほどいて私の頭を引き寄せる。
この信号が青に変わったら離れないといけない。このまま信号が変わらなければ良いのにと思っても、そういう訳にはいかない。信号が青になり、私たちはゆっくりと離れる。少しだけ距離を空けながら、けれど人混みに流されて見失ってしまわないように、私は背の高い青峰くんの後ろ姿を追った。
やがて横断歩道を渡り切ると、青峰くんは不意に振り返る。
「ちっさくて見失っちまいそうなんだよ」
「ごめん、なさい?」
「服の裾でもいいから掴んでろ」
許された僅かな接触。私は恐る恐る腕を伸ばして、彼のジャケットの背中を掴む。彼の両手はポケットに完全に入ってしまっていて、そこに私の入り込む無防備さは一切見付けられない。
やっぱりさっきの幸せに比べれば足りないけれど、また冷え始めた両手は、部屋に帰ったら温めてもらうことにした。今はこの僅かな幸せに浸っていよう。

(2014/01/04)
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