「司書サン」
「め…ずらしい…こんなところから…」
「夏休みの間はどうするんだ?」
「…夏休みも閉館日以外はここに来るけど…。蔵書確認もあるし」

 珍しく図書室のカウンターに現れた青峰くんは、先日の出来事などまるでなかったかのように私に声をかけた。思わず身構えた私だったけれど、青峰くんの用件が何でもないことだったことで、逆に気が抜けてた。しかしやけに鬼気迫る表情なため、普段の倍の存在感にやはり私は竦んでしまう。
 先日の書店での一件を思い出すと、今でも顔が熱くなる。恥ずかしいし、思い出したくない。あれ以来青峰くんは私の前に現れていなかったのに、また一体どうして今更。

(別に、寂しかったとかそういう訳じゃ…)

 こんな所でサボってる訳でもないし、いいことではないか。顔を合わせづらかったというのも勿論あるのだが。体験したことのない青峰くんとの至近距離が、どれだけ私を動揺させたか彼は知らないのだろう。決して優しい言葉をかけられた訳ではないのに、どうしようもなく苦しくて苦しくて、やり場のないこの気持ちのことなど、想像もしていないのだろう。
 また目を合わせられずに斜め下へと視線をさまよわせると、チッという小さな舌打ちが聞こえた。臆病な私はそれにさえびくりと肩を震わせる。

「…来てやるよ」
「え?」
「夏休み。暇だろうから来てやるよ。それまでにびくびくすんの直しとけ」

 ずいっと顔を近付けて命令のように言い放つ。力関係がおかしい気がする。青峰くんを私が意識してしまっているのは別として、職員と学生なのに私のこの立場の弱さは何か釈然としない。もしかして、この間子ども扱いした捨て台詞を残して逃げたことを根に持っているのだろうか。

「司書サンにそんな態度でいられっと気分良くねぇんだよ」

 小さな声でそれだけ言うと、青峰くんは大股で図書室を出て行った。
 なんだ、今のは。眉根を寄せて困ったような、これでもかと言うほど悩んでいるような、そんな顔をしていた。なんで青峰くんがそんな顔をするの、私がちょっと顔を合わせられないだけじゃない―――また息が苦しくなる。私はここに来る青峰くんしか知らない。だから、私に見せる表情や私にかける言葉は、私にだけくれたものではなくて、いつもそうなのだと思っていた。そう思うことで最後のブレーキをかけていた。それなのに、さっきの表情を見たら自惚れではないと思ってしまう。

「だから駄目だって…」

 これが自意識過剰なんかではないと言うなら、本当に私はどうして行けばいいというのだろう。








  

(2012/09/01)