「で?」

 昼休みになると当然のごとく、朝の一件について高尾に問い質された。一応のアリバイ作りに協力してもらったため、事の一部始終を話す。が、話し終えて高尾から出たのが冒頭の一言、いや一文字だ。

「終わりだが」
「いやいや、ちょっと待って真ちゃん!オチはどこ!?どこに落っことして来たの!?」
「終わりだと言っただろう」

 正直に言ったのが間違いだったのか、高尾は目の前で頭を抱えてうんうん唸っている。オチも何も、話したことが全てだ。とは和解をしたし、誤解も解いた。今後良好な関係を築いて行こう、ということで万事解決ではないのか。これ以上何を求められているのか理解できず、あとは放っておくことにした。そこへ、携帯を片手に困った顔をしたがやって来る。どうした、と声をかけると携帯を閉じた。

「えっと…おばさんが、今日の夕ご飯何がいいかって」
「なぜに聞く…」
「たまには好きなもの言いなさいって、この間言われたんだけど…」
「では好きなものを言えばいいのだよ」
「嫌いなものは、ないし、おばさんのご飯どれも美味しいから」
「迷っているのか」

 好きなものを、と言われるとなお困るらしい。席に着くと、また携帯を開いて眉間にしわを寄せたり首を傾げたりと、一人で百面相をし始めた。それを見て高尾はこそこそと訊ねて来る。

「何、今の会話」
「何とは何なのだよ」
「まるで嫁と姑じゃん、ちゃんと緑間の母親」
「な…っにを言っているのだよ!?」
「う、わっ!」
「真ちゃんウルサイ」

 つい大声を出してしまい、教室中の注目を集める。だがそれも一瞬で、またすぐに教室はいつも通りのざわめきを取り戻す。も大分驚いたようで、携帯を落としかけていた。久し振りに顔を青くしながら身を引いている。
 高尾が変な事を言うからだろう。確かに俺の母親はを娘のように可愛がっているみたいだが、嫁と姑などと。人をおちょくるのも大概にしろと言いたい。しかし動揺するこちらの胸中など察することもせず、面白そうに笑いながら俺を見た。は相変わらず頭の上にクエスチョンマークを浮かべている。

「…浮かばないならオムライスとでも送っておけ」
「え?」
「得意料理だ」
「そ、そうなんだ…!うん、そうする」

 メールを送り終えると、「ありがとう」と言っては笑った。初めてだった、が俺に笑いかけたのは。顔がこわばっていたり、固まっていたり、ぎこちなかったり、いつも不自然だった。そのが、初めて俺に向けた笑顔。友達と笑い合っている所を見掛けたことは何度もあるが、それが自分に向けられたものだと思うと、安堵のようなものが芽生えた。

「かーわいいよなあ」
「……何がだ」
ちゃんが彼女だったら幸せだろうなー」
「…そうか」

 しかし、上がったと思えば落とされる。高尾の一言で、胸がざわついて仕方ない。俺はこの日、危機感と言うものを覚えたのだった。







  

(2014/04/23)