朝、学校につくと引き出しの中に手紙が入っていた。真っ白い封筒の表には、宛名が書いてない。もちろん差出人も。不吉な手紙だったら嫌だな、と思いながら、周りに見られないようにスカートの上でこっそり開く。“へ”というとてもきれいな字で書かれた。宛名。書き出しは、“今朝、手紙を受け取った”だった。そこで、その差出人が緑間くんだと判明する。驚いて前を向くと、ばちりと緑間くんと目が合う。けれど、すぐに気まずそうに顔を逸らされてしまった。…とりあえず、手紙の先を読み進めることにした。
 手紙の中身は、まさか高校生男子が書いたとは思えないほど終始丁寧な字で書かれている。文体は結構、いやかなりぎこちないけれど、随分悩んで書いてくれたのだろうということが伝わって来た。多分、私を傷付けまいと言葉を慎重に選んでくれたのだろう。
 無視をしたことへの謝罪、緑間くんを嫌いになったのではなくて安心したこと、私と同じように緑間くんも話す時に緊張すること、そして、けれど私ともっと色々話したいと思ってくれていること。

「ふ、うぅ……っ」

 読んでいる途中で、じわりと涙が目に溜まり、読み終わる頃には我慢ができなくなっていた。せっかく書いてくれた手紙の上に、ぽたりぽたりと水滴が落ちる。制服のポケットからハンカチを出し損ね、これ以上手紙が滲まないように両手で必死に涙を拭う。
 思えば、私は大切な事をいつも伝えられないい人間だった。だから誤解をされたことだってたくさんあったし、友達と喧嘩になったことだってある。今回だって、臆病な私は直接声をかけるんじゃなくて手紙なんてものに頼ってしまった。それなのに、こんな手紙をもらってしまって良いのだろうか。私の拙い手紙には勿体ないほどの返事。嬉しくて、申し訳なくて、悔しくて、色んな気持ちが止まらず溢れて来る。

「み、みどりまく、ぅ…っ」
「な…っ何を泣いているのだよ!」
「あ、ありがと、てがみ、うれしくて、うぅ…っ」
「別に、泣くほどのものではないだろう、と、とにかく授業が始まる前に泣きやめ」
「むりです…!みどりまくんのせいです…っ!」

 ここに高尾くんがいれば、或いは茶化したりして笑いをとってくれたかも知れない。けれど緑間くんはそんなキャラではなくて、私にティッシュを差し出しておろおろするばかり。相変わらず私は泣き続けて、困り果てた緑間くんは、立ち上がると私の腕を掴んで引き摺って行くように教室を出た。教室を出てすぐの所で、他のクラスに行っていたらしい高尾くんと遭遇する。

「えっちゃん!?」
「泣くほど頭痛が酷いらしいから保健室へ連れて行く。いいな高尾、は頭痛だ」
「お…おー分かった!がんばれ真ちゃん!」

 一瞬で状況を把握したらしい高尾くんは、「任せとけ!」とでも言わんばかりに親指を立てて緑間くんに返事をする。予鈴の鳴る直前だったため、もう廊下に生徒は少ない。だからか、長身の緑間くんに引っ張られていると余計人目を引く。段々恥ずかしくなり、俯きながら引っ張られるがままに歩いた。

「サボりなんて初めてなのだよ……」
「ご、ごめんなさい…」

 連れて来られた先は、今の時間は誰も使っていない書道室だった。書道室は墨汁の独特な匂いで満ちていて、壁には書道の授業を選択している生徒の作品がずらりと貼られていた。私は書道をとっていないため、書道室に入るのも初めてだ。こんな状況にも拘らず、つい教室内を見渡してしまう。確か、緑間くんは書道を選択していたはずだ。だからここを選んだのだろうか。


「は、はいっ」
「あの手紙に嘘はないのだな」
「え…?」
「あの手紙の内容は本心で間違いないのかと聞いているのだよ!」
「なっないです間違いないです!」

 思わずぴしっと背筋を伸ばして返事をすると、「そうか」とだけ言ってほっとしたのか息をつく。
 いつもの、これまでの緑間くんだ。私が曖昧な返事をすると急に大きな声で問い詰める緑間くん。納得すれば、ふん、と言いながら眼鏡のブリッジを押し上げて顔を逸らす緑間くん。そこに、昨日までの冷たい視線も態度もない。安心したのは私の方だ。私のせいで不快な思いをさせて、不安にさせて、悩ませて、それなのに、あんな真摯な嘘のない手紙をくれた。嬉しくて嬉しくて、この気持ちをどう伝えればいいか分からない。けれど、言わないと。今度こそ、私のちゃんとした気持ちを伝えないと。
 緑間くん、と呼び掛けると、ちらりと横目でこちらを振り向いた。

「私、もっと緑間くんのことが知りたい」
「手紙に書いてあったことではないか」
「でも、もう一回言わなきゃって」
「そうか」
「あと、たくさんおしゃべりしたい。…部活が遅くまであって、あんまりできないかも、知れないけれど…」

 尻つぼみになる発言。それに対して、緑間くんは「そんなことか」と言ってのけた。「そんなこと…」勇気を出したのにすぱんと切り捨てられたようで、ひくりと顔が引き攣った。

「話す時間は待つものではない、作るものだ」

 私をまっすぐに見つめて与えられた言葉に、どきんと胸が鳴る。もう、堪らなくなる。だから緑間くんが好きなんだと、私はこの時、改めて実感した。
 涙が止まった代わりに、胸がどきどきして止まらないのだ。







  

(2014/04/09)