男の人が苦手なのは、本当だった。小学校の終わり頃に近所で痴漢に遭ってから、ずっと苦手だった。だから急遽、両親に頼んで中高一貫の白羽女子学園を受験し、入学した。これなら同級生には女子しかいない。先生の中には男性もいるが、もう仕方がない。極力関わらないように生活し、運良く担任もずっと女の先生だったのだ。
 普通、私が男性と対峙した時は動悸と眩暈がして、頭から血の気が引いて、失神しそうになる。怖くて怖くて仕方なくて、言葉が出なくなる。年齢が上がるにつれて少しずつ軽減はしていたけれど、決して消えてくれることはなかった反応。けれどたった一人にだけは、それとは違う症状が出ていた。

「私、緑間くんのことが好きなんだと思う」
「え、ちゃん、え、それ、俺に言う?言っちゃう?ていうか、ちゃん男の人…」
「だめな、はずなんだけど…」

 緑間くんと一番仲の良い高尾くん。私の中で何かのセンサーが許したのか、高尾くんも男性の中では比較的普通に喋れる相手だった。とはいえ、普通に話すにはおかしな距離を保っているけれど。だけど、高尾くんも事情を知る一人なので、決して開いている距離に嫌な顔はしない。

「緑間くんといると、なんか、違うの」
「違う?」
「顔が熱くなって、どきどきして、いろんなことをいっぱい喋りたいのに喋れなくなる」
「それは…恋ですね…」
「はい…」

 初めての恋だった。緑間くんと近付きたい、もっと話したい、もっと知りたい。けれどそう思えば思うほど、緊張して何も話せなくなる。真っ赤になってしまうのが恥ずかしくて、顔も見ることができない。緑間くんの家に引っ越して来たあの日から、ずっと好きだった。重い荷物をひょいっと持ってくれた緑間くん。持ってやる、と言われたあの瞬間、あの目が合った一瞬が始まりだったのだ。きっともう、緑間くんは覚えていないと思う。私にはまだ昨日のことのように思い出すけれど。
 高尾くんはかなり驚いた顔をして私をじっと見た。高尾くんとはこんなにも、女友達と同じように普通に喋れるようになったのに、緑間くんとは全く駄目なのだ。これがここ暫く私が一番悩んでいることだった。

「でもさ、この間告白されてた時も真っ赤になってたじゃん。あれは?照れてたの?」
「あ、あれは…」
「あれは?」
「笑わない…?」
「笑わないよ」
「……もし、あれが緑間くんだったらって考えたら、もう…」
「ぶっ!!」

 ちゃん妄想ヒデェ!!…高尾くんは大笑いしながら叫んだ。笑わないって言ったのに、と思ったが、確かに私の妄想は酷かったと思う。せっかく私に好意を伝えてくれる人が目の前にいるのに、心ここに在らずだったのだ。

ちゃん、そういうキャラだとは思わなかったわー…なに、少女漫画とか憧れる系?」
「な…っ!」
「えっ、あ、マジ?」
「……高尾くんって実はすっごい意地悪だよね」
「いやいや、そんなつもりないって。とりあえず、あー…、うん、真ちゃんもちゃんのこと心配してるみたいだし、今度ゆっくり話してみろよ」
「それができたら苦労しないよ…」
「夕飯の時に雑談から始めればいいじゃん」

 なるほど、最初から二人で話そうとするから無理があったんだ。いきなりウォーミングアップもなしに200メートルを走れと言われても無理な話、まずは準備運動をしなければ。…私は意気込んで、今日の夕飯は緑間くんと緑間くんのお母さんを交えて何か話そうと思った。緑間くんのお母さんも私の事情をよく知っている。それを治すためだと言えば、きっと協力してくれるだろう。高尾くんにがんばるね、と言うと、応援してるよ、と笑って言ってくれた。

 けれど、その日の晩に全部が崩れてしまった。家でピアノを弾いていたら緑間くんがせっかく話しかけてくれたのに、驚いた私は椅子から滑り落ちて、それを抱きとめてくれた緑間くんを、恥ずかしさから拒絶してしまった。

「わ、わたしだめなの…!」
「それは分かっている」
「そうじゃなくて、緑間くんが、だめなの、私、高尾くんは、」
「いい、もう言うな」

 違う、そうじゃないの、本当はもっと言いたいことがあるの。拒絶するつもりはないの。ありがとう、って言いたかったの。嬉しかったの。それなのになんで、私の口は肝心な事をいつも言えないのだろう。
 怒った緑間くんは部屋を出て行って、その後、防音室の中で私は声を上げて泣いた。







  

(2013/07/26)