「やー、部活がなくなって良かったね真ちゃん!」
「お前…楽しんでいるだろう…」
「まさか、妹みたいな可愛いちゃんを放っておけないっしょ!」

 は、そのラブレターの相手にお断りをするべく、指定の場所に来ていた。体育館横とはまた、部活があれば人目につく所をよく選んだものだ。
 俺と高尾は、結局の「助けて下さい」と言いたげな目に負けて、こうしてついて来ることになった。とは言え、さすがに堂々とくっついている訳にはいかないため、こうして影に隠れている。はというと、先程からきょろきょろしてみたり、ちょろちょろ動き回ってみたり、ちらちらとこっちを振り返ってみたりと挙動不審である。しかしまるで何か小動物のようだ。見ていると今にも倒れそうでもあるが。
 やがて、ラブレターの差出人らしき男子生徒が現れた。男子生徒が近付く度に、はゆっくりと後ずさる。もう既にの限界が近いらしい。二人の話している声は聞こえないが、見ている限り男子生徒は粘っており、必死ににアタックしている。けれどそうすればするほどは困り、慌て始め、首の後ろまで真っ赤だ。…あの男子生徒は、きっとがただ照れているだけだと勘違いしているに違いない。

「なあ真ちゃん、ちゃんやばくね?」
「俺もそう思うのだよ」
「どうする……」

 高尾が言いかけたその時、痺れを切らした男子生徒がに手を伸ばす。

(その手で……)

 俺は、何も考えてなかった。「真ちゃん!」と叫ぶ高尾の声はどこか遠い世界のもののようだったし、苛立った自分もまるで別の誰かのような感覚だった。飛び出した瞬間、高尾の声と物音に気付き振り返ったは今にも泣きそうで、男子生徒は目を見開きこちらを見ている。

「触るな!!」

 あと少しでも遅ければ、その男子生徒はの腕を掴んでいたかも知れない。俺はそれを無理矢理引き裂いた。名前も知らない男子生徒がの腕を掴むより早く、俺はを後ろから引き寄せた。

「彼女が嫌がっているのが分からないのか!」
「いや、俺は、」
「さっさと消えるのだよ!」
「し、真ちゃん落ち着けって!」



***



 羞恥で死にたいと思ったのは初めてだ。俺は、の前で項垂れながらも深く頭を下げていた。は焦り、高尾に助けを求めるように視線を送るも、高尾は高尾で必死に笑いを堪えている。しかし今回ばかりは何も言えない。なぜあんなことをしたのか、言ったのか、自分でも分からなかった。にしつこく迫る男子生徒に苛立ったのは確かだ。しかし、それだけなら耐えていた。多分に、我慢ならなかったのは困ったを見たせいだ。

「あ、あの、ごめん、巻き込んじゃって、あの…」
「いや…俺の方こそ…」

 しかし、とんでもないことをしてしまった。俺の早まった行動のせいで、はまた俺と距離を空けて対峙している。俺も人との距離は広くとる方だが、明らかにその範囲を越えた、会話するには奇妙な程の距離がある。ようやく慣れて来たかと思えば、また振り出しだ。
 だが、一つ言わせてもらうとすれば、ももっとはっきり言えば良かったのだ。きっと優しい彼女のことだから曖昧に遠まわしに返事をしたのだろう。迷惑だとか、付き合う気はないだとか、男性恐怖症だとか、はっきり言ってやらないとああいう馬鹿で粘着質な男は分からないのだ。…それを今更俺が言う資格も筋合もないのだが。

「み…どりまくんがいてくれたから、私、泣かなかったよ…」
「そ、そうか…」

 が真っ赤なのは見慣れているしいつものことだが、なぜか俺まで赤くなってしまった。







  

(2013/04/15)