「ど、どうしよう!どれにしよう!」 「…おい、早く決めるぞ」 「だって!迷っちゃう!」 休日、私と大輝くんはジュエリーショップに来ていた。もちろん、結婚指輪を選ぶためだ。大輝くんから「この日に行くぞ」と誘われていただけでも嬉しいのに、私の好きなジュエリーブランドを覚えていて、そこへ連れて行ってくれたことで私の幸せメーターはうなぎ登りだ。そういうこと、どうでも良さそうなのに実はしっかり覚えていてくれるから、やっぱり大輝くんはとても優しいのだと思う。 さて、ジュエリーショップへ来たは良いが、大輝くんはそわそわと落ち着かない。こういうお店が慣れていないのだろう。大輝くんとジュエリーショップというのはそもそも結びつかないしミスマッチな訳だけれど。むしろ入り慣れていたら衝撃を受けるくらいだ。 「ってそういうの好きだよな」 「宝石?好き好き!でも結婚指輪ってなったら別だよ!」 「バカ!そんなデケェ声で言うな!」 「ご結婚されるんですか?」 私の声を聞いた店員さんがすかさず声をかけて来る。ほら見ろ、とでも言いたげに、大輝くんは私を睨んだ。けれど私の頬の緩みは止まらず、「ええ、もうすぐ」と後にハートマークでも付きそうな浮かれた声で答える。しかし店員さんにとって私たちは良いカモでしかない。すぐさまセールス体勢に入りかなり高価なものを紹介して来た店員さんを制止したのは、驚いたことに大輝くんだった。 「悪ィけど、こいつと二人で選びたいんで」 私と店員さんはきょとんとして大輝くんを見た。そしてぐいぐいと私の腕を引っ張り、そう広くもない店内の別のコーナーへと移動する。…まさか、あまりに指輪が高かったので引いたのだろうか。そしてその高価なものを買わされると恐怖を感じたのだろうか。しかしながら、私は高ければ良いと思っている人間ではない。それなら大輝くんもなんの心配もないはずなのだが。 隅っこで指輪を見るでもなく口を閉ざした大輝くんの服を引っ張る。 「大輝くん、どうしたの?私、はしゃぎ過ぎた?」 「…お前、恥ずかしくねーの」 「へ?」 「指輪なんか買ったことねー」 身長差を利用して顔を背ける大輝くん。その表情は分からない。が、二つの言葉を頭の中で繰り返して、今の大輝くんの態度を見て、私なりに解釈してみる。大輝くんは女の子のために指輪を買ったことがない。そして恥ずかしい。その恥ずかしいはこういうお店にいることを言っているのか、結婚指輪を選ぶということが恥ずかしいのか、そしてそれを店員さんという他人に知られることが恥ずかしいのか。或いは、全部含めての「恥ずかしくねーの」だったのか。かなり意訳すると、指輪を買うのも初めてなのにその初めてが結婚指輪で、慣れないお店で他人に結婚報告をして指輪を選ぶ過程を観察されているなんて正気の沙汰じゃない、と。…もう良い大人なのに、こんなおっきな体をしているのに、変な所でやけに可愛い。 「私もだよ」 「はァ?」 「私も指輪なんて買ってもらうの初めてだし、大好きな人とこんなお店に来るのも初めてだし、嬉しくて仕方ないな」 「おい、誰も嬉しいなんて言ってねぇだろ」 「へへへー」 「おい」 照れているのか、変な顔をしてようやく私を振り向いた大輝くんは、あまり噛み合ってない会話にも不服そうだ。 プロポーズの時もそうだったけれど、大輝くんはおおよその女性が憧れるようなシチュエーションがかなり苦手らしい。ロマンチックだとか、ドラマチックだとか、そういったものとは縁遠い。だから毎回私がびっくりするようなことばかりなのだけれど、だからこそとても特別なのだと感じる。ありきたりじゃない、よく聞く話じゃない、私と大輝くんのたくさんのエピソード。ロマンチックには確かに憧れるけれど、それ以上に大輝くんであることが大事なので、もうそういうシチュエーションなんて望んでいない。大輝くんだったら良いや、と思う。 私がジュエリーショップに一緒に来る初めての男の人が大輝くんで良かった。初めて指輪をもらう相手が大輝くんで良かった。…でもそれを言っちゃうとますます大輝くんは変な顔をして居心地悪そうにするから、心の中に留めておいた。 「私、リングがねじってるデザインのが好きだなー。でも日付入れられるのも良いな…」 「まだ入籍日決めてねーだろ…」 「じゃあなま、」 「名前入れるのはナシだ」 「ええー」 結局、一時間滞在して選んだ指輪。お店の人に注文する時には大輝くんは随分ぐったりしていた。逆に私の幸せメーターは振り切れそうだ。受け取るのも一緒に来たいね、と言うと、当たり前だろ、と言ってくれた大輝くんに抱き付きたくなったけど、店員さんの前だからぐっと我慢をする。代わりに私の顔はお店に来た時よりも随分と緩くなっていた。 |