「こんな辺鄙な場所に滞在研修だなんて、えぇと…何て名前だったかね」 「―――・です」 「そうそう、さん。あんたも変わってるねぇ」 一年生の時から私は、夏休みやクリスマス休暇に家へは殆ど帰らない。先生に頼み込んでこうして滞在での課外研究をさせてもらっているのだ。ある夏は避暑も兼ねて、寒い土地での植物栽培をテーマに北を選んだ。また別の年には珍しい生物を研究している施設、また別の年には古代遺跡など史学関係の施設へも課外研修へ行った。そして今年はこうして中心地から離れた土地でワーキングホリデイをしてみようと思ったのだ。魔法省の目が行き届いているのかいないのか分からないような田舎の魔法省支部―――ここがこの夏、私の過ごす場所。 「わしらにとっちゃ若いお嬢ちゃんが来てくれるのは嬉しいことだけどねぇ」 「好きなんです、自然の多い場所が」 「同じことを言ってやって来た青年がおるよ。ホグワーツの紹介ならもう聞いとるとは思うが…」 ほれ、あそこじゃ。案内してくれた支部のおじいちゃん役員が視線を向ける。何やら忙しく大量の書類を捌いている彼―――リーマス・ルーピンさん。彼がいるからとダンブルドア校長がここに話を通してくれたのだ。後でちゃんとお礼を言いに行かなければと思いながら、引き続きおじいちゃん役員から支部の説明を受けることになった。 建物はさすが田舎なだけあって非常にこじんまりとしている。役員の人数も少なく、しかしだからと言って魔法省本部のような多忙さも見受けられない。いきなり本部に放り込まれたら一日でリタイアしてしまいそうだが、ここならやって行けそうな気がして来た。私に課せられた仕事もそう難しいものではない。広報誌を地区別に箱に振り分けてくれだとか、どこそこの棚を整理してくれだとか、どこそこの倉庫から何何を探し出してくれとか、所謂、雑用係だ。 「この建物の構造が頭に入ってない内は大変だろうが、がんばってくれることを期待しているよ」 「は、はい!がんばります!」 そうして手渡された『研修生』と書かれたネームを胸につける。すると、ここでおじいちゃん役員とはお別れだった。また別の役員さんが研修期間中の私の担当をしてくれるらしい。「今手が離せないようだから、もう少し待っててくれるかね」と言い残し、私は裏の休憩室に残された。休憩室の壁には、歴代支部長の写真が飾られており、お菓子を食べたり、お茶を飲んだり、鏡で身だしなみを整えたりと、思い思いの行動を取っている。中には過去、私も知るほど話題になった人物もいる。ぼうっとその写真たちを眺めていれば、不意に扉をノックされ、先程見かけたリーマス・ルーピンさんが入って来た。大量の書類捌きがようやく終わったようで、彼も「やれやれ」と言った様子だ。 「待たせてごめんね。・さんで合ってるかな」 「はい。あの、研修の受け入れの話を通して下さってありがとうございます」 「どういたしまして。と言っても、こんな田舎の支部じゃ君が期待するような役所仕事はできないかも知れないけれど…」 「とんでもない!滞在研修させて頂けるだけで嬉しいです」 実際そう思っているためそれをそのまま伝えただけだというのに、ルーピンさんは私を見ておかしそうに笑った。そして「ダンブルドア校長に聞いた通りだ」と零す。…何を言ったんですか、校長。 「本心から言ってくれているみたいだね」 「…もちろんです、けど…。校長は一体私のことをなんと…」 「それは本人には言えないな。…さあ、時間も勿体ないし行こうか」 何だか上手く誤魔化された気がする。良い人なんだろうけど、どこか厄介そうな人だとこの瞬間に私は直感した。爽やかな笑みを絶やさず、説明も一つ一つが丁寧だし、好青年を絵に描いたような人だ。けれど、欠点・短所のない人間なんていない、完璧な人間などいないのだ。それを垣間見たのがさっきの瞬間だったのだろう。何か絶対ありそうだと私の第六感が語りかける。それは予感とも言う。真面目に彼の話を聞きながら、この人の裏側は一体どんなだろうかと僅かな好奇心が湧いた。 ルーピンさんからは詳しい仕事の説明を受け、最後に臨時で設置された私用のデスクへと案内される。私の左側にルーピンさん、通路を挟んで右手には私くらいの年齢の親と同じ世代であろう女性だ。名札を見ればメリンダ・アボットと書いてある。彼女はビスケットを食べながら書類に目を通し、「まあぼちぼちやれば良いさ。私はメリンダ、よろしくね」と私に声をかけてくれた。「食べるかい?」とビスケットを差し出されたが、ルーピンさんからの説明の途中でもあったため、丁重にお断りさせて頂いた。 「…そうそう、さん。夜は出歩かないように気を付けること、いいね?」 「夜?」 「長閑そうに見えても、夜は何があるか分からないからね」 口調こそ穏やかだが、彼の目は笑っていない。何かある、と言っているようなものだろうと思いながら、「はい」と大人しく返事をした。まだ右も左も分からないような土地で夜間出歩くようなことはできるはずがない。それに、よく知ったホグワーツでも寮を抜け出して夜間出歩くことは怖いのだ、する訳がないのだ。…それは個人的なものであるためルーピンさんには言わなかったが、とりあえずこの人は有無を言わさず「はい」を言わせることのできる人だということがよく分かった。それに、これは一種の脅しなのだろうということも。 どっちにしても少しの間お世話になるだけだ。これまでも何事もなく休暇を過ごして来たのだから、きっと今回も無事ホグワーツに帰れるはず。この研修をがんばるしかない。…そう気合を入れた矢先、ルーピンさんから渡された羊皮紙の切れ端。 「五番倉庫にあるその本、 到底、私一人の力では一度で持って来られないような量の書名がずらりと並んでいる(しかも「全部」の部分に力が籠められていたように思う)。私がまだ校外で魔法を使ってはいけない年齢だと言うことを知りながらこれを言いつけるルーピンさんは、この時点で完全に私の中で“絵に描いたような好青年”から“絵に描いたような要注意好青年”へと成り変わった。しかしここで「こんな量、一人じゃ無理です!」だなんて悔しいにもほどがある。私はめいいっぱい笑顔を作って半ば自棄になりながら「少々お待ち下さい!」と伝えると五番倉庫へ向かった。後ろでルーピンさんが笑ったような気がしたのは、きっと気のせいじゃない。 |