嫌なことは繰り返す。何度でも繰り返す。その日は朝から何か嫌な予感がしていた。占い学を信じている訳ではないが、第六感というやつだろうか。するとやはり、嫌なものを授業の合間の人気のない廊下で見てしまったのだ。 「こ…こういうことをされても困るわ。私は魔法省に行く気はないし、受け取れない」 「異動のことは関係ない。これは僕の気持ちだ」 「でも、」 「、貰ってくれ。でなきゃ選んだ意味がない」 エルバート・マクレーンがまたホグワーツを訪問していたらしい。恐らく魔法省関係の仕事で来たのだろうが、またにしつこく迫っている。しかも今度は魔法省への勧誘ではなく、会話の内容からするにかなりプライベートなことである。…相変わらず耳障りな声だと思いながら、リーマスは影に隠れて二人の様子を窺っていた。は本当に困っているのだろう、その表情は容易に想像できた。さて、どう彼女を助けるべきか―――思案しながらも耳は二人の会話に傾ける。ちらりと顔を出して見てみると、エルバート・マクレーンはに何やら可愛らしくラッピングされた小さな包みを贈ろうとしているようだ。当然、そんなもの受け取る義理のないは先程から必死に断るが、負けじとエルバート・マクレーンも押して押して押している。しつこい男は見苦しい、とリーマスは顔を歪めた。 「だって受け取る理由がないわ」 「もなかなか意地悪だね。分かっているんだろう?」 昔のであればここまで言えなかっただろうと思う。社会経験を積んで、あらゆる言い回しを覚えたのだろうが、根が優しい彼女が然程強く断れるはずもない。そこに付け込むエルバート・マクレーンは大層卑怯に見えた。しかしとうとう痺れを切らした彼がの手を握り、プレゼントを無理矢理握らせようとする。見かねたリーマスはとうとう出て行こうとした。…しかし。 「ダメですよ、ルーピン教授」 「離してくれベッキー、これ以上は見ていられない」 「待って下さいって。過保護はやめて見守りましょう?」 「まあ十も離れた可愛い可愛い恋人だしね、リーマスが必死なのも仕方ないんじゃない」 「…キセまでやめてくれ…」 逃がすものかと言わんばかりにがっしり腕を掴んで引き止めて来るレベッカとキセ。二人もと親しいのならば救うべきではないのか、あれほどまでに困っていると言うのに―――苛立ちを隠せず小さく舌打ちをするものの、二人は動じる様子もない。 見守るだとか、過保護だとか、そういう問題ではないのだ。ただ、とエルバート・マクレーンが一緒にいる、話をしているということが気に食わない。誰かれ構わずに近付くなとう訳ではない、をそういう目で見る男が気に食わないのだ。だから、普段がどれだけ楽しそうにハグリッドと魔法生物の話をしていようと、スネイプに魔法薬学に関してアドバイスを貰っていようと何とも思わない。好きなことに熱心になっているを可愛いと思う。そんなだから愛しいと思うのだ。だが、あの男は違う。確実にに恋愛感情を抱いている。そう言う目で見て良いのは自分だけだと思うこれは、つまりはただの独占欲である。 「ミス・はアレを受け取らない」 「どうして言い切れるんだい」 「それはリーマスが一番よく分かってるはずだと思うけど」 すぐにでも飛び出して行きたい衝動に駆られながら、キセとのやり取りを続ける。数メートル先ではまさに、がエルバート・マクレーンからのプレゼントを握らされた所だった。言わんこっちゃない、とリーマスは眉根を寄せる。いよいよ彼女の名前を呼びそうになったその時、は心底困った表情をして手の中の可愛らしい包みを見つめた後、「受け取れない」と言いながら彼の手にそれを戻した。まさか彼女の性格上、突き返すことは予想できなかったため、これにはリーマスも驚く。同じくエルバート・マクレーンも目を丸くして驚いていた。悔しいが、学生時代のを知っているエルバート・マクレーンは、がそんな風に断ることのできる女性になっているなど思いもよらなかったのだろう。 「…せめて、受け取れない理由を聞かせて欲しい」 「私がそれを受け取れば、悲しむ人がいるの」 「僕だって君に断られて悲しいよ」 「ごめんなさい、あなたは良い同級生だけど、その人は特別に大切な人なの」 出会ったばかりの頃、は何かを頼まれれば断れない少女だった。どれほど過酷でも、無理難題でも、言われれば断れず自分で全てを請け負ってしまうような子だったのだ。けれど目の前にいるのは、声を震わせながらも意に沿わない要求は飲めないと、はっきり断る。しかも彼女の言う“受け取れば悲しむ人”というのはリーマスのことだろう。不謹慎だが、ただ困るからというだけでなく、自分のことを引き合いに出して考えてくれていることをとても嬉しく思った。 だから言ったでしょ、と後ろでキセが溜め息をつく。もう二人から解放されているにも拘らず、リーマスはその場を動けずにいた。中途半端に出した片足が向かう先を失くしかける。だが、ここまでエルバート・マクレーンのしつこさに対して粘ったのだ。そろそろ助けに入っても良いだろう。後ろの二人がリーマスの腕を離したということは、つまりはそういうことだ。…リーマスは先程までの険しい顔を消し、いつものように笑みを浮かべての元へと歩み寄った。 「その辺にしてやってくれるかな」 「ルーピン先生!?」 「悪いけど彼女は私の大事な子でね、この子を困らせて良いのも悲しませていいのも私だけなんだ」 「せんせ、何言って…!」 「それからそれ、ピアスか何かかい?残念だけど、この子はもう私が贈ったピアスを付けているからね、…分かるだろう?」 言葉を失って真っ赤になりながら口をぱくぱくさせるを余所に、次から次へとエルバート・マクレーンを威嚇する言葉を連ねるリーマス。にこにこと笑い、の肩を引き寄せるリーマスに圧倒されたエルバート・マクレーンは、「そうですね」とだけ言うと苦虫を噛み潰したような顔をして立ち去って行った。顔を引き攣らせながらがリーマスを見上げれば、随分と清々しい顔をしてエルバート・マクレーンの背中をみつめている。 「本当なら吹き飛ばしてやりたかったくらいだ」 「え…」 「冗談だよ」 「冗談に聞こえる冗談を言って下さい」 「他に言うことは?」 まだの肩を抱きながらその顔を覗き込むと、「あー…」「えーと…」と言葉を探す。エルバート・マクレーンに対してはあんなにもはっきりと拒否を示していたのに、自分の要求には応えようとする。そんな一つの優越感に浸りながら、ゆっくりとの返答を待つ。本当なら先程エルバート・マクレーンに言っていたことは自分が聞きたいくらいなのだ。彼女がどれほどの好意を自分に向けてくれているのかはちゃんと分かっている。けれど、恥ずかしがって直接的な言葉をなかなか与えてはくれない。態度を見れば一目瞭然だが、時には男だって言葉を欲していいだろう。特に、のようにはっきりと物を言わない人物であればあるほど。 自分が「特別大切な人」であると、その口から聞きたいと思う。少し目を伏せて、視線を彷徨わせた後、頬を染めながら自分を見上げて、言って欲しいと思うのだ。…それではあまりに意地悪だろうか。まだ少し、その言葉を得るには時間がかかりそうだ。 「ありがとう、ございます…」 「どういたしまして、」 だけに向ける優しい笑みを浮かべ、彼女だけに聞かせる甘い声で返事をする。すると益々彼女は赤くなって、一度は上を向いた顔が再び下を向いてしまった。…彼女は時々、驚くほど大胆なことを言ったり、時には遠回しにプロポーズ紛いなことを言う。それなのに、「ありがとうございます」の一言にこんなにも必死になるを、愛しいと思わずなんと思えば良いというのだろう。 ここが廊下だということを思い出したリーマスは、抱き締めようと伸ばした手を一度引っ込め、代わりに彼女の頬に触れる。愛でるようにそっと撫でれば、はリーマスの服をきゅっと掴んだ。終業の鐘が鳴ってくれるなと思ったのは、きっとリーマスだけではないだろう。 Back 手を繋いで背伸び。 Next (2011/11/7) |