私はさいごに、何を願うのかな。









 コウドウを始末したのは私だ。最後、原形を留めないほどにしたのも私だ。これまで殺して来た誰よりも酷く殺してやった。そうしないと私は気が済まなかったし、気が狂いそうだった。ただ私が私のために、私の気を晴らすためにするだけ。誰に頼まれたわけでも、誰のためでもなく血を流す。それはこれまで私が殺して来た羅刹の行いと何の違いもないのかも知れない。己の欲のために他者の命を奪う、その下劣さはきっとコウドウよりも私の方が上だ。それでも良かった。


「そうやって自分を貶めてどうする」
「………………」
「と、あの人間だったら言うだろうな」
「…そうね、言うわ」


 ふん、とカザマは鼻を鳴らした。辛うじて死体と分かるコウドウだったそれを一瞥すると、さして気にする様子もなくすぐに視線を私に移した。その表情はいつもと変わらないが、どこか、私に一つ二つ言いたいことがあるような雰囲気だった。

 べったりと血の赤が付着して肌色などどこにも見えない私の手のひら。もうさほど時間の経たない内にこの色さえも見えなくなってしまうのだろう。鼻をつき、咽るような血のにおいを感じることもなくなるのだろう。肉を裂く音も、感覚も、何も分からなくなってしまうのだろう。最後に残るのは何だろうか。目か、耳か、鼻か、声か、手足か、記憶か。どれを削ぎ落とされても良い、けれど一つだけ、記憶だけは最後まで残って欲しいと思う。最期のその時までハジメを覚えていたい。


「何を思ってあの人間と離れることを選んだ」
「…あの人のため。それ以外ない」
「独り善がりだな」
「分かってる」


 自分の気持ちくらい分かっている。本当はハジメの傍に居たかったこと、ハジメを守りたかったこと、ハジメと生きたかったこと、…ハジメと幸せになりたかったこと。私以外の他の誰かが、なんて考えるだけで苦しい。当然だ、心だけはまだこんなにもハジメを呼び、叫んでいる。愛していると、その一言すら言えず手離した癖にだ。

 屯所を出ようと決意したあの夜、本当は時間など止まってしまえばよかった。戻ることも進むこともなく、あの一時が続けばいいと。それは、私があの時消えてしまえばよかったのだと思うに等しい。ハジメを最後まで覚えていたいと思う反面、ハジメの記憶を抱えながら生きることは辛いと思う。ほんの少しでも長く生きてしまうことが、今の私には辛い。


「でも、じゃあどうすれば良かった?ハジメを生かすには、ハジメの幸せを望むには、他にどんな方法があった!?ハジメが生きて行くには、ワタシは一番邪魔だ…っ」

 
想っても想っても、それでも許せないことがある。許せなくても、想ってしまった私がいる。遠からず命を落とす私は、時間をかけてその矛盾を解いていくことなどできない。憎みながら、愛しながら傍に居ることは私はできないのだ。一心に想いを注げるようになるには、きっと残された時間では足りない。


「それは魔女、貴様の思い込みだろう」
「それでも…!」
「貴様が少しでも傍に在れば良いと思うかも知れんな、あの人間であれば」


 本当の所は知らんがな。突き放すように最後にそう言うと、私を残して部屋を出て行く。部屋には私と、死体と、赤黒い液体。そして、屋根を打つ雨の音。格子の外を見れば、ぽつぽつと雨が降って来たようだ。私の気持ちを反映しているかのような、低く暗い雲。きっとその内、雷も鳴って来るだろう。私の予感は、ずっと当たる方だったから。


「もう、遅いんだって……」


 こうなることも、予測できていればよかったのに。そうすれば、もっと他の選択肢があったかも知れない。…いや、そんなこともないか。結局、どれか一つ、たった一つを選びとることができなかったからこんなことになったのだから。魔女の力も、復讐も、生きることも、ハジメも、たくさんのものを私は叶えたかった。これは両手に抱えきることを分かっていながら手離さなかった代償だ。あれも欲しい、これも欲しい、私にはその全てを守るだけの力がないと知りながら、抱え込んだ。

 けれど、ハジメを選んでいればよかったのだろうか。全てをかなぐり捨てて、たった一人ハジメを選んでいれば。…そう思ってももう遅い。私の最期に向けて、足音は確実に近付いて来ているのだから。


















(2011/3/20 そっとさよなら/星村麻衣)



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