死ぬまであなたを愛してる。その時まで私があなたを守るから。









「馬鹿だな」
「馬鹿ですよ」


 ハジメに負ぶられた私は、随分と不機嫌だった。実践でこんな下手をしたのは初めてなのだ。私のプライドにも傷がつく。まさか、受け身を取り損ねて足を捻るだなんて、なんという初歩的なミスを犯したのだろう。開き直りながら、本当は穴があったら入りたい気分だ。真夜中ということで月明かり以外に照らすものが何もないことが唯一の救いだろう。逆に、私を馬鹿だと称したハジメはとても嬉しそうにしている。私の失敗がそんなにもおかしいか。


「おかしいんだったら笑えばいいじゃない」
「いや、あんたでもああいう失敗はするのだと思って」
「おかしいんでしょ」
「いや、そういう訳ではない」


 頑として譲らないハジメ。まだ大声あげて笑ってくれた方がましだ。例えば、ソウジだったら指差して笑うだろうし、ヒジカタさんだったら呆れかえるだろう。ハジメの場合は言葉少なに顔に出るから苛々するのだ。

 師走も最後の日、気が緩んでいた訳じゃない。むしろ気を張っていたくらいだ。それなのになぜ。これまで、自分のミスせいで怪我などしたことがなかった私は、酷く落ち込んだ。けれど落ち込んでいるだなんて悟られたくなくて、つい口調は刺々しく可愛げのないものになる。…可愛い子ぶる必要もないけれど。


「帰ったら冷やせ。腫れているだろう」
「もう十分冷えてる。これ以上冷やしたら血のめぐりが悪くなって足が死んじゃう」
「放っておいて治癒が遅れたら泣くのはあんただ」
「別に、ハジメには関係ないでしょ」


 ただでさえお荷物な存在だ。確かに生かせと言ったのは私だけれど、普通、得体の知れない女が飛び込んで来て生かしておくだろうか。はっきり言って、馬鹿は彼らの方だ。私に彼らを襲撃する思惑がなかったから良いものの、スパイだったら大変な問題だ。


「少なくとも、新選組があんたを預かっている以上は関係ないとは言えない」
「そういうさぁ、難しい言い回しやめてよね」
「つまり、あんたがここにいる間は無関係ではない」
「あんまり変わらない」
「理解する努力をしろ」
「あ、今投げたね」


 なんだかんだ言って、ハジメだってお人好しなのだと思う。そうでなければ私をわざわざ負ぶって屯所に帰ることなんてしない。私が思うように動けないのを良いことに、ばっさり斬り捨ててくれたって良かったんだ。どうせ新選組にいたって大して使えない、使えたとしても先は知れている(私はもう長くないのだ)。そんな人間を葬ることなんて、ハジメほどの剣の腕なら簡単なのに。

 それなのに、とんだ甘さだ。お陰で私だって死ぬのが惜しいだなんて思ってしまった。復讐だけを誓って生きて来たのに、願うものがどんどん増えて行く。私の命が削れて行けば行くほどに、増えて行くのだ。どうせ叶えられない願いだと言うのに、それを思えばとうに捨てたはずの気持ちがひび割れて痛むような感じがした。


「…ハジメ、ありがとうね」
「これくらい何でもない」
「ううん、今日だけじゃない。出会った時、殺さないでいてくれて」
「あんたの話はいつも唐突だな」
「うん」


 その時、遠くで鐘の音が聞こえた。重く低い音が、冷たい風の吹きつける京の夜に響く。


「ワタシ知ってる。これってジョヤノカネでしょ」
「そうか、年が明けたのか」
「みたいだね。年が明けるまでにトンショに着かなくて残念。今頃お酒でも飲んでるんじゃない?」
「俺は飲まん」
「あ、そう」


 騒ぐの嫌いそうだしね、と思いながら不意に空を見上げる。月はほぼ完璧な丸に近いが、恐らくそうではない。あと一日、二日で満月となるのだろう。月が取れそうだね、と言うと、そうか、と短い返事。そんな訳がないだろう、という言葉が来るものだと思っていたから、私は続ける言葉を失ってしまった。代わりに、ハジメの首にぎゅっと抱きついて首元に顔を埋める。ああ、このままくっついて離れられなければ良いのに。


「月なら、ここにある」
「え?」


 私を地面に下ろすと、髪を一房掬ってみせた。


「あんたの髪は、月の色をしている」


 真面目な顔をして言われた台詞。これを殺し文句と言わずに何と言うのか。言われたこともない言葉に固まってしまうと、ハジメはどことなく惜しそうに私の髪から手を離す。私の髪と同じ色の人間なんて、母の祖国へ行けばいくらでもいる。さして珍しい色などではないのだ。寧ろこの国でこんな色をしていると、昼間は表を歩きにくくて仕方がない。布で髪を覆って隠れるように生活しなければいけないのだ。

 どう返事をすればいいか分からず、困惑する。嬉しくないわけではない。ハジメも貶している訳ではなく、それどころか月に例えるなど女性なら喜ぶような賛辞だろう。そういった言葉に慣れていない私は、「そんなことない」と言えばいいのか「ありがとう」と返すべきか、それにすら迷う。


「冷える。急ぐぞ」
「あ、ああ、ウン…」


 けれどハジメは私から何の言葉もないことを気にした様子もなく、また背を向けてしゃがむ。私は最初と同じように彼の背に身体を預ける。一定のリズムで揺れる身体。疲れや痛みから、その心地好さに目を閉じて眠ってしまいそうだ。

 私は疲れを言い訳に、さっきのハジメの言葉への返事の代わりを口にした。


「...I love you until I die. And I protect you that it is just then, Hajime.」


 耳元でそっと囁く。白い吐息と一緒に、空気に馴染んで消えて行くほどの声。しかし耳には馴染まない異国の言葉に、「なんだそれは」と訝しげにハジメは問うた。


「おまじないの言葉だよ」
「呪い?」
「今年こそハジメが幸せになりますよーに、て」


 しがみついて離したくない。けれど、遠からずこの手も腕も離してしまう私のために、どうか心を砕いたりしないで。本当のことはハジメが分かるように伝えることさえ叶わない私を、どうか惜しいと思わないで。例え今は誰よりも近くに触れていても、どうか。

 私のために幸せになる道を塞いでしまうような選択だけは、この先絶対にしないでいて。


「ね、今年もよろしくね」
「あんたが実戦で下手して死ななければな」
「うわ、シャレんなんない」


















(2011/1/1 拍手お礼でした)


BACK