「斬っていい?」
「ダメ」

 刀にかけた僕の手の上から、彼女は押し返すように自身の手を重ねた。哀しそうに笑って首を横に振る。…彼女は本当は弱いと思う。ただ、誰もそれを知らないだけで。誰もが彼女を強いと思い込んでいるのだ。

「じゃあ誰ならいい?」
「そういう問題じゃあ…」
「でも一君なら“良いよ”って言うんでしょ?」

 彼女が息を呑むのが分かった。手が強張り、そっと離れる。
 不自然な沈黙、揺れる睫毛、潤む目。今、何を考えているのだろうか――多分、一君のことなんだろうけど。嫌になるよね、こんな彼女を知っているのは僕だけなのに。僕の一言に翻弄されて、揺らいで、途端に“人間の女の子”に戻る。
 月の色をした髪の奥に隠れた目は、目の前の僕を映しながら僕を見てはいない。

「…ワタシを殺したいの?」
「うん」
「なんで?」
「君がそれを言わせるの?」
「ごめん」

 謝らないでよ。僕が惨めになるだけだ。…そんな言葉を呑み込んで、刀から手を離す。一瞬見えた、安堵したような彼女の顔に、複雑な気持ちになった。
 死に急ぐように自らの血を流す癖に、いざ死を目の前にすると怖いんだね。ああでもそれは僕でも同じかなあ。

「僕の方こそごめんね」
「何、いきなり」
「もう言わないよ、斬っていいかなんて」

 だってきっと百回聞いたところで、君は「良いよ」って言わないんだ。
 それを察したのか、彼女はまた哀しそうに笑った。それはもう、この世の誰よりも美しく。






(2010/12/09)


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