その正体を隠す必要のある者同士が出会う――それは緊張の瞬間だった。当人同士はそうでなくとも、周囲の人間が凍りつく。

 魔女と雪村。二人は本来ならばここにいてはいけない人間だ。隊士でないこと、そして女であることが主な理由である。そんな二人は、行動の制限が緩くなって来た頃に屯所内で遭遇してしまった。夕刻とはいえ西日の眩しい時間帯、互いの顔はよく分かっただろう。雪村は大きく目を見開き、魔女も僅かに片眉を上げた。片や金色の髪を持つ異国人、片や男装した少女。

 見るからに訳ありな格好をした互いに、魔女の方は何か事情があると察したらしかった。雪村を気にすることなくそのまま俺について雪村を通り過ぎる。けれど彼女も大人しく引き下がるような者ではない。雪村に話し声が聞こえない程度にまで離れた後、魔女は何か含みのある笑い方をしながら、ぼそりと言った。


「可愛らしい隊士さんだったねぇ。なんて子?」
「雪村だ」
「思い切り顔に出しちゃって、可愛いの。“弟”にするならあんな子がいいなァ」
「……一つ訂正しておくが」
「うン?」


 立ち止まって振り返れば、何を考えているかは読めないが、面白そうに笑みを湛えている魔女がいた。

 雪村の正体にこの女が気付かない訳がない。けれどカマをかけられる恐れもある。俺は慎重に続ける言葉を探した。これ以上彼女に雪村のことを詮索させないためだ。好奇と興味の宿ったその目に俺の言うことがどれだけ響くかは分からないが。


「雪村は隊士ではない。土方さんの小姓だ」
「へぇ、じゃあ身の心配もない訳だねぇ」
「…………」
「あんな可愛い小姓さんがいれば、何かの間違いが起こらないとも限らないし。ヒジカタさんの傍なら幹部さんたちも安心だね」


 何が言いたいのか、笑みを崩さず喋り続ける。俺の口から雪村に関する情報でも話させようとでもしているのだろうか。普段からよく喋る女だが、いつもに増して饒舌だ。雪村のことは今日初めて知ったはずだし、彼女の父親が羅刹の研究をしていることは知っている訳がない。しかし魔女はやたらと雪村に拘る。俺が相槌すら返さなくとも、ひたすら雪村についての見解を述べ続けるのだ。

 すると、何の反応も返さない俺を挑発するかのように、「ああ」と口の端を持ち上げて笑った。


「それともヒジカタさんが気に入っちゃった感じ?まあ、あんな可愛い子だったら――……
「黙れ魔女」


 雪村が女だということにさ気付いている。けれど俺が肯定も否定もしないため、飽くまで魔女は雪村を男だという前提で話をしている。つまり先程の言葉はれっきとした侮辱だ。

 思わず刀を抜いた俺を、しかし魔女は微動だにせず見つめ返す。自分の首に刃が触れそうな位置にあるにも拘わらず、薄い笑みを相変わらず浮かべたままだ。

 この女が分からない。昨日はああでも今日は違う。今日はこうでも明日は違う。日毎変わる彼女の印象に翻弄されるばかりだ。

 死ぬ時は俺に殺して欲しいと言った魔女。両親のためにこの国を救おうとしている魔女。「あんたは人間だ」という俺の言葉に泣いた魔女。魔女になったことを悔いる魔女。魔女で在り続ける意味を探す魔女。そして今、死を望むような顔をしている魔女。何か死ぬ理由さえ探しているかのような様子なのだ。


「“あの子が羨ましい”」
「…なんだと?」
「この言葉、覚えておいてね」


 そう言うと、刀を押し返して俺を通り過ぎる。その際、薄く傷付いたのか、彼女は手の平に赤い舌を這わせる。独特の血のにおいが過ぎたと思えば、夕刻の風にそれもすぐ掻き消える。

 俺は、最後の言葉を考えていた。かみ砕いて、理解しようとした。けれどできない。それまでの彼女の言動とはどうしても結び付かないのだ。どう言葉を返せば良かったのか、彼女がどんな言葉を求めているのか、剥き出しのままの刃を見つめながら、何度も何度も彼女の言葉を反芻した。
























(2010/5/30)

平凡、とか、普通、とか、そういうのに憧れる異端児な魔女の心境について。
もちろんそんなこと斎藤さんは気付きませんので。
…まあ、そんな千鶴ちゃんも鬼ですので平凡・普通ではなかったわけですが。