――驚かされた。何が“戦闘能力が低い”だ。互角ではないとしても十分通用するではないか。 魔女の戦う姿を見て素直にそう思った。俺と彼女は副長の命で羅刹化した隊士の始末にこうしてやって来た訳だが、目標を確認するや否や彼女は飛び出した。力任せに振り下ろされた剣を避け、後ろに回ったかと思えば自らの腕を切り付けて、羽交い締めの要領で羅刹に咥えさせる。その流れはまるで一瞬だったのだ。 「う、ぐ…血……!」 「うん、そう。好きでしょ?」 通じているのかいないのか知らない。が、妖艶に笑って答える魔女。牙のような歯を深く突き立てられた腕は不気味なほど白く見え、滴る血の鮮紅がいやに映えた。人斬り集団だ何だと言われている自分が言えることではないのかも知れないが、くすくすと笑いを漏らし、その状況まるで楽しんでいるかのような彼女はそれ以上の不気味さを孕んでいる。その様にどこか見覚えがある。まるでそう、狂っているかのような―― …… 「ハジメ?終わったよ?」 いつの間にかすぐ傍に聞こえたその声に思わずはっとする。目の前で子どものように笑みを浮かべる彼女は、既にいつもの調子のようだ。先程までの不気味さは欠片も残っていない。 「…あんたのやり方は毎回毎回無茶だ。腕を差し出すなど」 「だって手っ取り早いンだもの。ハジメだって長々とはしたくないでしょ?」 「そこまでしなくとも直に解決するようなことだ」 それなのに、なぜ。 彼女を自分につけられるなど、まるで自分には解決能力がないみたいではないか。確かに一対一で戦うのを良しとしないのは新選組での決まりであり、幹部の数も限られている分、暴走した羅刹を止めに走るのも限られているため仕方はないのだが。 「終わった終わった」などと言いながら、血が流れ出るのも気にせずにぐっと腕を伸ばして首を回す魔女。それと共に長い月色の髪が揺れた。異国人である象徴である金糸のような髪は、陽の下で見るよりも月下の方が綺麗だと思う。せめて黒だったらこの国でも動きやすかったのに、と以前零していたこともあったが、「この色だからあんたなのだろう」と言えば、嬉しそうに笑っていた。 半分は異国人でありながら、この国を救おうとする魔女。いや、この国の人間に両親を殺されたにも関わらず、羅刹大量生産を阻止しようとする彼女。そこまで体を張れるのはなぜだ。ともすれば命を落としかねない戦いに身を投じるのはなぜだ。今でこそこうして俺たちと行動を共にし、協力体制をとっているが、俺があの日見つけなければ今でも一人で戦い続けていたはずだ。恨んでも当然のこの国のために、どうしてそこまでできるのだ。 「何か腑に落ちないようなカオしてるけど」 「そのようなことはない」 「ハジメも嘘つくのヘタだねぇ。何か聞きたいなら言ってよ。今更ハジメに隠すようなことないンだし」 「…では一つ問う。あんたはなぜ羅刹の大量生産計画を阻止したい?」 「アレ。前にも言わなかったっけ?」 「あれはあんたの本心ではないだろう」 「…鋭いね」 やはり嘘だった。同じ偽物が殺してやるのが道理だ、などと言っていたが、あれは恐らく建前だということなど薄々気付いていた。直感だが、何か別の理由があるとは思っていたのだ。確かにそのような理由もあるのだろうが、後付けのような気がしてならない。 魔女になった理由が復讐のためだったように、何か彼女自身のための理由があるはずだ。彼女が“他者のため”を理由に命を懸けるほど動ける者ではないことは、少し過ごせば分かる。もっと自分のことも考えて動いている人間だ。魔女になった理由も、俺に「斬って欲しい」と言った理由も、全て“自分のために”だった。 それが正しいか間違っているかはまた別の問題だ。動機は自己のためでも、今だって魔女となった理由を他に探している。けれど始める理由は継続する理由にはならない。魔女であり続ける理由、戦い続ける理由は、また別の所にあるのだ。自分のためだけでは、きっと続けることはできない。 「最初は、お父様とお母様を殺したやつらの国なんてどうにでもなればよかった。ラセツのことはワタシが魔女になった後に知って、ワタシ、魔女になるだけ無駄だったんじゃないかって思ったんだよねえ。だって、ワタシが手を下さなくても自分で滅びて行くだけだもの」 「何故心変わりをした」 「…お父様の国だから」 「何?」 「お父様はこの国に命を懸けていた。お母様もこの国を愛していた。お父様と出会った国だから、ワタシが生まれた国だから、て。お父様とお母様が大切にしていたものを、ワタシが壊す訳にはいかないでしょ」 肩をすくめて苦笑する。そして結い上げていた髪を解けば、もう一度大きく伸びをした。 羅刹狩りの根源は、憎悪でも何でもなかった。本心から彼女はこの国を救おうとしている。それが分かり、少し安堵する。何も負の感情だけで彼女も動いている訳ではないのだ。例え血まみれになっていても、彼女はそれを見失ってはいなかった。狂ったように自ら血を流そうとも、まだ人としての感情は残っている。だから、それなら、と思う。 「あんたは、人間だ」 「え?」 「魔女だ偽物だとあんたはよく言うが、あんたは人間だ」 「ねえ。出会ってからこれまでのワタシを見ておいて、まだそんなこと言う?どう考えても人間じゃないでしょ」 「体がどうこう言っているのではない。あんたの心は人のものだろう」 伏し目がちに逸らされた双眸が、彷徨うように揺れた。返す言葉を探しているのだろう、薄く唇が開かれるが、言葉になる前に閉じられる。沈黙を前に流れた生温い風は、早く立ち去るようにと促すかのようだ。ここに長居する必要はなく、彼女のから何か返事を待っている訳でもないので、「帰るぞ」とだけ言って背を向ける。しかし彼女がついてくる気配がない。不審に思って振り向いて、思わず目を瞠った。彼女は言葉もなく、ただ涙を流しているのだ。 何かまずいことでも言ってしまっただろうか。彼女を傷つけるようなことを言ったつもりはなかったのだが、彼女にとっては触れられたくなかったことだっただろうか。近寄ったは良いもののどうすれば良いか分からず、伸ばしかけた手も空を彷徨ったままゆっくり引いた。 「ごめんなさい」 「な、何故謝る。俺のせいではないのか」 ゆるゆると首を横に数回振り、俯く。はらりと落ちて来た髪が彼女の表情を隠したため、ますます彼女が何を思って泣いているのかが分からない。 「異国人の血が混ざってるからって、魔女だからって、人と同じ扱いされなくて、どこへ行っても認められなかった。い…いつもは、心まで、否定されてきたのに…っ」 「…………」 「今日みたいに血で人を殺す所まで見て、ハジメはまだ、ワタシを人間扱いしてくれるの?」 涙でぐしゃぐしゃの顔をしながら、俺に問う。笑おうとして、けれど上手く笑えないようで、ぎこちない泣き笑いになっている。いつも迷わず何でも言う彼女が、こんなにも弱い声を出したのは初めてだった。魔女となったことを悔いるだけでなく、そんなことまで思っていたのかということも初めて知った。どれだけ強気に振る舞おうと、彼女もまだ大人とは言い難い。心ない言葉を受けながら、海を渡って見知らぬ土地で戦って行くことに心細さや不安を抱かない訳がなかったのだ。きっと、狂ったように血を流すのも彼女の虚勢の一つだ。 頼りなく伸ばされた震える手を、しっかりと掴む。そのまま華奢な身体を抱き寄せれば、声を上げて泣き始めた。 今日、彼女の本当に望んでいるものを知った気がする。魔女になった理由を探す、その先には、魔女になったことを赦されたいのではないだろうか。恐らくそれは無理なことだ。新選組隊士が羅刹になったのと同じように、赦されるようなことではない。それに気付きながら形なきものを求める彼女には、どうしても手を差し伸べずにはいられなかった。 (2010/5/22) 喜多村の法則その1、強い女の子が泣いて弱さを見せる展開。 例:ドM、フラッパーなど ← ◇ → |