激しい吸血衝動の出た羅刹が逃げ出した。数人がそれぞれ分かれて逃走したらしく、幹部の人数が足りない。副長は最終的に、ある人物に協力を要請することにした。土方さんも、近藤さんも、他の幹部も、苦渋の決断だ。無論、俺もである。

 その人物の部屋の前まで来ると、副長は何の断りもなくその扉を勢いよく開けた。


「魔女!入るぞ!」
「うわ、確認もなしですか!」
「緊急事態だ!」
「キンキュージタイ?」


 目を丸くして首を傾げる。しかしそのようなことを説明している暇はない。俺は簡潔に「あんたの力が要る」とだけ言うと、大体の状況は飲み込めたようだった。彼女も、先ほどから部屋の周りが騒がしいのが気になっていたらしい。

 羅刹が逃げ出したこと、魔女の血が必要なこと、行動は俺と共にすることなどを説明されると、鼻を鳴らして嘲笑する。「やっぱりこうなりましたか」と土方さんを見上げる魔女を、苦々しげに見下ろしながら言葉を詰まらせた。副長の頼みを嘲る魔女を睨むと、しかし手で制される。


「協力できるんじゃねえかと、お前は最初に言ったな」
「ええ、言いました」
「ここに来てからのお前については細かく報告が来ているが、逃げ出しそうにないと俺は判断している。だから、お前の力を借りたい」


 無表情に彼女は話を聞いていた。そして窺うように副長をじっと見つめ、その後、小さく息を吐き出すと、おもむろに立ち上がった。色素の薄い長い髪をまとめながら、気だるげに首を回す。どうやら協力はしてくれるらしい。けれどどこか納得行っていないようだ。


「一つお願いがあります。ああ、そんな難しいことじゃないンですけど」
「なんだ、言ってみろ」
「置いてもらってアレですけど、もう少しだけ自由が欲しい」
「具体的な内容は」
「魔女って言っても、羅刹みたいに昼に体が辛いなんてことはないンです。だから日中、敷地内でも、少しでも良いから外に出させて下さい。陽の光に当たらないのは体に毒です」
「…分かった」


 副長、と思わず声を上げたが、再度手で制される。

 確かに魔女の言い分も確かだ。しかし彼女の姿が他の隊士にでも見つかれば、雪村以上に大事になる。厳重な注意をしなければならない事項であることは副長も理解しているはずだ。けれど、約束をしなければ彼女は今動いてくれそうにない。自分たちだけで事を片づけられないのを苦々しく思いながら、副長の指示を受ける彼女を見ていた。

 副長が管理していた短刀を彼女が受け取ると、僅かに頬が緩む。それはいつものように嫌みを含んだ笑みではなく、何かに安堵したような表情。それほどまでに大切なものだったのだろうか。


「いいか魔女、くれぐれも斎藤から逃げるんじゃねえぞ。逃げようとすれば斬る、分かったな」
「はいはい、承知。ハジメから逃げられるとも思わないしねえ」
「じゃあ行って来い。…斎藤、頼んだぞ」
「御意」


 魔女にも「行くぞ」と声をかけ、その部屋を出た。すぐ後ろに彼女は慌てた様子でついて来て、くすくすと笑った。何を思って笑ったのかは気になったが、それよりもただ、何か胸騒ぎがしてならなかった。
























(2010/5/15 その後、魔女も割と行動規制も緩くなったのだそうな)