「魔女とラセツはよく似てるね」


 折り紙で遊びながらぽつりと彼女は零した。どこがだ、と振り向かずに問えば、小さく笑う声が聞こえた。直後、背中にかかる重み。彼女は俺の仕事を邪魔しに来ては雑談を繰り返し、そして帰って行く。特に会話に意味はない。彼女も何か意味があって会話をしている訳でもないのだろう。ただ、きっとひとりでいるのが嫌なのだろうと思う。常に誰かにひっついて回っている所を見ると、ひとりではいたくないのだろうと。そしてそれは恐らく、彼女の命がもう長くないことに関係している。


「ね、ヒジカタさんは何のために刀を振るって、人を斬るの?」
「なんだ、いきなり」
「シンパチは皆のためかな。それとも、長州とか薩摩を倒して平和を掴みとるため?ソウジは局長さんのためだろうけど、局長さんは国のためかな。ハジメは…どうだろう、ヒジカタさんのためとか、シンセングミのためとか、会津のためとか…」
「言いたいことがあんならはっきり言え。俺も暇じゃねぇんだ」
「ふふ」


 ふっと背中が軽くなる。すると、彼女は両手いっぱいの折り鶴を俺の机の上に広げた。色とりどりの鶴がばらまかれる。綺麗に作られたそれらは、秩序もなくあちこちを向いている。その一つを手にとって、目の前に翳してみた。彼女は手先が器用なようで、異国から来たという割にきっちりと折られた鶴は、彼女の性格とはまるで正反対のようでどこかおかしい。これだけ同じものを作っていれば上達するということだろうか。


「ラセツは自分のために人を斬る。自分のために自分がいる」
「…そうだな」
「魔女も同じ」


 ぐしゃり。紙の潰れる音がしたかと思えば、魔女は朱色の鶴を握りつぶしていた。ぱっと離せば小さな音を立てて畳の上に落ちる。表情もなく冷めた目でそれを見つめる魔女は、どこかぞっとするようだ。その目が何を見ているかは知らない。悔恨か、憎悪か、狂気か。これまでどんな思いで彼女が羅刹狩りをして来たかも俺は知らない。必要最低限のこと以外知る必要はないのだ。情が湧くとか、そんな問題ではない。必要がない、それだけだ。彼女も変な慣れ合いは望んでいない。誰かに構ってもらいには行っているが、その実、一線を引いた所がある。つかず離れず、そんな中途半端な位置にいるのだった。










 彼女は知っていたのだろう。血を使えば使うほどに命が削られて行くことを。その恐怖を紛わせるために、わざと明るく振る舞っていた。或いは全て覚悟の上で、既に開き直っていたのだろうか。今となっては確かめる術もないが、彼女が長くないと知って以来、彼女の振る舞い全てが痛々しく感じた。雪村と斎藤をどうにかしようとしていたり、わざと新八を煽るようなことを言ったり、総司と皮肉を言い合うことさえも。それまで一人で生きて来たという彼女も、死を目前にひとりという事実に恐怖を感じたのかも知れない。


(なら、なんでだ)


 なぜ、今出て行く必要があった。出て行った所でどうせ宛てにできる所などないのだろう。大体、新選組と手を組みたいと言い出したのは彼女の方。なのにそれを勝手に反故するとは、俺を相手にいい度胸だ。

 あの日俺の部屋に置き去りにして行った大量の折り鶴、その一羽を手にとって、あの時の彼女と同じようにぐしゃりと潰す。無残な姿になった赤い鶴が、どこか彼女の姿と重なる。今頃どこかでこんな風に潰れていないだろうか。

 こんなことなら早々に斬っておくべきだったと今更思う。新選組の内情を外にばらされるのを防ぐため?…違う。羅刹のことを公にされるのを防ぐため?…それも違う。ひとりでなんて生きられない癖に、無理してそんなことをしようとしていることに苛々する。中途半端に関わって、中途半端に去って行った。まだどこか、ここに彼女自身の影を落としたまま去って行ったのだ。それが幹部にどれだけの影響を与えたかなど知りもしないで。


「副長、よろしいでしょうか」
「山崎か、入れ」
「先日指示を受けた魔女についてなのですが…」
「その件だが、打ち切りだ」


 元々情報源としては宛てになどしていない。暴走した羅刹の処分には数回手を貸してもらったが、それだけだった。外に出していなかった分、真新しい情報が入って来る訳でもない。重要な話は既に聞いてある、これ以上彼女から搾り取る情報は無いに等しかった。つまり、魔女としての彼女にはもうここでの利用価値は無い。


「打ち切り、ですか」
「ああ、山崎にも手間をかけさせたな。代わりに新しい任務を頼む」
「了解しました」


 何の疑問も口にせず指示に従う山崎。報告は聞いていないが見当はつく。恐らく有力な情報などない。斎藤が捉えて来るまでの間も、綺麗に跡形もなく場所を転々としていたのだ。お陰で捕まえるのに手こずった訳だが、これだけ俺たちの頭を悩ませる逃走の上手い彼女をこれからも追える自信は、正直言ってない。

 帰る目途の立たない相手を待っていても仕方ない。魔女は消えた。いくらその気配を残していようとも、いないものはいない。それを望んだ所でどうにもならない。わだかまりを残したまま、不快感を拭えないまま、それでも引きずって行くわけには行かない。彼女が勝手に消え去ったのなら、気配だろうと影だろうと捨て去る、それだけだ。


「山崎」
「はい、なんでしょう」
「魔女について調べてもらったことだが、…全部処分してくれ」
「分かりました」


 あんなもの、いつまでも置いておくわけにはいかない。必要ないものは早い内に処分する。山崎に限ってそんなことはないだろうが、もしも何かの騒動に紛れて露呈した時に厄介だ。彼女自身についても、彼女の両親についても、魔女についても、魔女になるために彼女が犯した罪も、彼女の余命も。幸いそういった情報は俺と山崎のみが知る事実。山崎が口を割るとも思えないし、俺も同じだ。だったら、彼女がここに残すかたちのあるものなど、この折り鶴だけで十分だろう。

 彼女が忌み嫌った事実なら、灰に返してしまえばいい。例えば、彼女の両親を斬った人間が新選組にいるということも。
























(2010/08/28)