「殺しちゃいましょうよ」
「それはカンベンってやつですねぇ」


 最早お決まりの総司の台詞が広間に響いた。にこにこと笑った総司と魔女は見えない火花を散らす。そんな二人を余所に、局長も副長も魔女の処遇についてはかなり頭を悩ませているようだった。暫く新選組幹部を悩ませていた羅刹狩りの犯人が、このような少女、しかも異国人だとは思いもしなかったのだ。

 新選組が攘夷を掲げている以上、異国人である魔女を置いて行くわけにはいかない。しかし彼女には半分、この国の血が流れているという。容姿が容姿なだけに信じられないが、言われてみればどこか日本人の雰囲気も伺える。日本に関する知識は少ないようだが、日本語は割と流暢なのもそのせいだろうか。

 また、変若水、羅刹に関して何かと情報を握っていることも、総司が言うようには簡単に処分できない理由の一つだ。どういう繋がりを使ったのか、やけに羅刹に関する知識もある。さすが羅刹狩りを自称するだけのことはある。


「でも本当に君、魔女ってやつなの?証拠は?」
「うーん、テンプレートな魔女ではないから証拠って言われても…」
「…てんぷれーと…?」
「典型的ってことです」


 しかし総司の問いに律儀に答えようとする魔女は、顎に手を当てて考え込んでいる。…確かに証拠という証拠はない。名乗りもしないどこの馬の骨とも知れぬ人物の話を鵜呑みにするほどお人好しのいる組織ではないのだ。そう、魔女は自らの名前を言わなかった。「名前なんて昔捨てた」と言い、それ以上の追及をさせなかったのだ。


「ワタシはラセツの増加を防ぎたい、シンセングミは他の人たちにオチミズを使わせたくない。…なら協力できません?」
「どうするってんだ」
「例えば、ワタシが情報を相手から引き出して、叩くのはアナタたち」
「情報の引き出し方は?」
「えー…それ、言わせるンですか?女が情報取って来るって言ったら方法は一つに決まってンじゃないですか」


 副長の目だけで殺せそうな視線にも怯まず、むしろ魔女は魔女で挑発的に笑いながら飄々と答えを返す。その態度が余計副長を苛立たせているのは火を見るよりも明らかだ。けれど、それを一層煽るかのように口の端を持ち上げて笑みを深くする。そんな彼女の調子に、副長もいつも通りとはいかないようだった。

 魔女が羅刹狩りを始めた動機は簡潔のようなそうでないような、よく分からないものだった。「人間は人間のままれ在らなければならない」と言ったが、その真意は理解し難い。どういう経緯で、また何を思ってそのような思いが生まれたのか、それに関しては一切口を開かなかったのだ。だから余計不審がられ、処遇に悩まなければならない。

 自分の生死はこの場で決まるというのに、魔女は余裕だった。総司と冗談か本気か分からないようなやり取りを笑ってしたり、あまつさえ副長に喧嘩を売るような発言もする。まるで、自分は絶対に殺されないとでも言いたげに、その顔から笑みは消えない。


「そんなこと言って、逆に相手に俺らの情報を流したり、逃げる可能性もある」
「誰か見張らせとけばいいんじゃないですか?ワタシ、どうせ碌に戦えませんし」
「…どうしても死にてぇみたいだな」
「アレ。ワタシさっきから死んだら困るって言ってるンですけど…」


 副長の皮肉が通じていない。本気で困ったように眉根を寄せて唸った。そんな魔女に総司はけらけらと笑い、局長は大きなため息をついた。

 屯所内で彼女を見張るのと、外へ出た彼女を見張るのはまた訳が違う。屯所内にはほぼ逃げ道はないだろうが、外なら彼女を手引きする人物はいるかも知れない。彼女のことを幹部以外に話さずにおこうと思えば自然と見張る者は幹部になるが、そこまで人数が割けるとも思えない。半分は日本人とは言え、容姿が明らかに異国人である彼女を新選組が内密に抱えることも問題だ。


「ワタシを生かしておいて損はないと思いますよ?いざとなれば血でもなんでも分けて暴走したラセツを抑えてあげましょう」
「てめぇの不始末はてめぇで片付ける。あんたの助けなんざ要らねぇんだよ」


 それまで黙っていた新八が口を開く。胡散臭いことこの上ない彼女を、ともすれば副長以上に嫌悪していることが見て取れた。それでも魔女は首だけでそちらを振り向いて小さな笑いを洩らす。


「何がおかしいんだよ」
「助けなんかじゃありません、ワタシのすべきことですから」
「その言い方が引っ掛かるって言ってんだ。なんでそこまで羅刹に固執すんだ」


 その言葉の意味が分からなかったのか、「…コシツ?」と小首を傾げて俺の方を向いて見せる。「拘るということだ」と翻訳してやれば、納得したように「ああ…」と数回頷いた。

 ここにいる誰もが知りたいであろう、執着の理由。けれど簡単に口を割らない。もう拷問にかけるしかないのだろうか、と一瞬頭を掠める。しかし、どうも彼女からは新選組への戦意というのは見られない。もしあったのなら、俺が見つけたあの時に仕掛けて来ただろう。

 実際の所、処分してしまえば早い。羅刹を大量生産しようとしているという情報はとれたし、斬ってしまえば見張る手間も、手詰まりだった羅刹狩りの件も解決する。また、ここで見張っていても、もしものことがないわけではない。羅刹隊を襲われる可能性も十分に有り得る。…いや、もしあったとしても未遂に終わらせる自信はあるが。


「どうしても殺すしかありませんか?生かして得にはならないかも知れないけど、損にはならないはずです」
「だから、その前にちゃんと理由を話せってんだ。俺らにそこまで取り入って裏切らねぇ理由はねぇだろ」
「…じゃあ、こうしましょう」


 すると彼女は再び俺の方を見る。確かに俺が第一発見者で連れて来た人間だが、どうも懐かれてしまった気がしてならない。面倒に思いながら「なんだ」と返すと、「お願いがあるんですが…」と珍しく遠慮がちに言う。


「ちょっとこの縄解いてもらえませんか。絶対逃げません、逃げませんから」
「何言ってんだ、そんなこと、」
「証明して見せます、ワタシの覚悟を」


 その一言で、副長が俺に目配せをする。立ち上がって近寄れば、それだけで魔女は表情をみるみる明るくした。縄を解いてやれば「どうも」と言って両手を握ったり開いたりする。さすがにもう一時間以上も縛られていては痛みもあったのだろう。

 そして、彼女の言う覚悟の証明というものが何なのか、その場にいる全員が息を呑んで待った。やがて彼女が隠し持っていた短刀を取り出すと、そんなものを持っていたのかとやはり全員が瞠目する。遅れて副長の舌打ちが聞こえた気がした。


「待て、何を」
「大丈夫、大丈夫。ほら!」


 瞬間、勢いよく短刀で左腕を引き裂く。先ほど羅刹狩りをしていたあの時の傷の上から、更に斬りつけたのだ。一度塞がったはずの傷が開き、新しい傷もかなり大きい。ますます空気が凍りつく。彼女のとった思わぬ行動に、誰もが言葉を失う。唯一、総司だけは面白そうに眺めているが。

 腕からは止め処なく血が流れ、みるみる内に床へ赤い水溜りを作って行く。けれど止血しようともせず、その腕を晒したまま彼女は続けた。


「何なら飲んでみます?死ねるかも知れませんよ」
「…馬鹿言え」
「これだけしたのにまだ駄目?じゃあ右腕も切ります?慣れてるだけで痛いンですよ、これ」


 はあ、と大袈裟にため息をついて短刀を左手に持ち変える。が、誰もそこまでは求めていないので、咄嗟に俺はその手から短刀を奪った。よく見てみれば、それは日本のものとは随分と型の違う短刀。おそらく祖国から持って来たものなのだろう。しかし凶器に変わりはない。

 局長たちは益々眉間の皺を深くした。雪村の場合はまだいろいろと理由もあった。だが今回はそこまで汲まなければならない事情だろうか。「こんな過激な子、やっぱり斬っちゃいましょうよ」…誰もが言えずにいる本音を言えてしまう総司が羨ましいと思った。

 やがて、副長が深いため息をつき、魔女を見やる。「もっと切った方がいいです?」「やめろ馬鹿野郎」そんな言い合いををしている間も、赤い水溜まりはどんどん大きくなって行く。広間に充満する独特の臭いは、慣れているとは言えやはり気分の良いものではない。早くこの部屋から出て行きたいと思うのは俺だけではないだろう。


「魔女だと言ったな。あんたは生かす。だが自由に動けると思うな。外出も、屯所内での行動も、厳しく制限する」
「土方さん甘いなあ。そんなこと言ってる間に血飲まされたらどうするんですか」
「こんな小娘の気配一つ悟れねぇようなやつ、この中にはいねぇだろ」
「そうですよ。ワタシがいたことに気付かなかった、なんて一番組組長の名折れですよ?」
「…君は黙っていればいいよ」


 緊張が解けたのか再び小競り合いを始める総司と魔女。羅刹に関してもだが、彼女は初対面であるにも拘らず先程は俺の名を当てて見せ、今度は総司を当てて見せた。偶然ではないだろう。聞き間違いでも何でもなく、彼女は「一番組組長」と言ったのだ。しかし頭に血が上っているのか、それ以外のことで頭がいっぱいなのか、誰もそこを言及しようとしない。これからもここで監視となれば、聞く機会はあるのだろうが、こちらにとっては初対面でも彼女にとってはそうではなさそうだ。

 副長が苛立ったように二人を叱咤すると、「詳細について話し合う」と言って、局長と共に部屋を出ようと立ち上がる。その際、総司と共に彼女を連れて来るよう指示した。面倒そうに返事をしながら、総司も局長・副長に倣って立ち上がる。


「全く、一君もなんで連れて帰って来ちゃうかなあ」
「あの場ではそれが最善だった」
「で、千鶴ちゃんの時と同じように世話をしないといけないってことだね。今度はさすがに土方さんの小姓にはできないか…」


 今まさに、彼女を連れて帰ったことを後悔していた。雪村以上に厳しい行動制限をかけるとなると、幹部の見張りも相応のものになる。それこそ張り付くように監視しなければならないだろう。厄介だと思いながら、決まってしまったものは仕方ない。それに、連れて来た責任もある。監視をするなら俺がその殆どを請け負うつもりだ。


「…魔女、傷口はどうなってる」
「あーあー触らない方がいいよ。何があるか分からないって言ったでしょ」
「しかしまだ止まらないのか」
「んー…まあねぇ」
「君、屯所をどれだけ汚せば気が済むの?」
「掃除でもすればいいじゃないですか。少しはその真っ黒な心も綺麗になるかも知れませんよ」
「やめろ、二人とも」


 一応止めようとはしたが、やはり睨み合いは続く。

 どうしても彼女は腕に触れさせようとしなかったので、結局縄を結び直すことはおろか、止血もできない。しかし、羅刹のような回復力もないというのに血を流しながら平然としていられることが、やけに恐ろしく感じた。
























(2010/5/9)