魔女を疑ったのは最初だけだ。関わらないに越したことはないと、自然と魔女を遠ざけていた。魔女なんて存在、屯所にはいないかのように。けれど見張りは嫌でも順番が回って来る。そんな、初めて魔女の見張りをした日のことだ。










「あら、見張ってくれるの初めてねぇ」


 小窓からひょっこりと顔だけ出して魔女は笑った。相変わらず癪に障る笑い方だ。廊下に座る俺を、魔女は肘をついて眺める。見張りの付くのがさも当然とでもいうような言い方に、苛ついて思わず刺を含んだ言葉が口を突いて出た。


「好きでやってんじゃねぇよ」
「あはは!そうですよねぇ、えーと…シンパチ?」


 いきなり呼び捨てかよ、と思いながら、訂正するのも面倒で「ああ」とだけ返す。しかし魔女はさも楽しそうに笑みを絶やさない。後ろを向いていても感じるその気配は、気味が悪いとか不快だとか、そんな所じゃない。話もしていないというのに、もっとこう、しつこく纏わり付くかのような、加えてこちらを探るかのような感じだ。一見無害そうに見えるその笑みは、どこか恐ろしい。

 美人か美人でないかと言われれば、当然美人な方だ。長い髪は異国人の持つ月の色、瞼を縁取る睫毛はながく、大きな目は海を連想させる青。日本人の持ち得ないそれらの特徴は、珍しいから美しいのだろうか。何にしろ中身がこれだ、惹かれるものはありやしない。近藤さんはともかく、土方さんが魔女を生かした理由はよく分からない。こればっかりは総司の言うとおり、魔女なんか斬ってしまえばよかったんだとも思う。


「何か物騒なこと考えてるでしょ」
「あぁ?」
「そうねぇ…例えば、“魔女なんか斬ってしまえばよかった”とか」
「大当りだよ。てめぇがいることで俺らの隊務にも支障を来してんだ」
「うん、ごめん」
「…は?」


 思わず魔女を振り返る。厭味が通じないのか、厭味で返されているのか。しかし魔女の表情を見て、謝罪の言葉は本心なのだと知る。悲しいような、困ったような、何とも言い難い笑みがそこにあった。

 自覚はあるのだろう。なら、明るく振る舞うのはわざとか。思えば、魔女からしたらここは異国。千鶴より年上とは言え、大人ともとれない魔女が心細さを感じない訳がない。

 いや、しかしそれはそれ、これはこれだ。許していいことと悪いことがある。俺たち新選組が自分で片付けないといけない所に、魔女が横槍を入れて来たのだ。余計なことを、しなくてもいいことを、わざわざ自分の手を汚して、


――って待て、それじゃあ魔女の肩を持ってるようなモンじゃねぇか)


「シンパチはそのまま、ワタシのこと嫌っていてね。異端者を容認するのは本当はダメなことだもの。シンパチはセイギカンが強いから、ワタシを赦しちゃダメだよ」
「お前…」
「ここの皆は甘いよねぇ。ハジメはあの夜、殺せたはずのワタシを生かした。ソウジだって何だかんだでワタシを斬らない。隙なんていくらでもあるし、非力な女一人、ソウジなら簡単に殺せるはずなのになぁ」


 こいつは死にたいのだろうか―― そう思わざるを得ない発言だった。なんで殺してくれないの、と暗に言っているようなものだ。そうだ、何か変だと思っていたんだ。魔女からは生きる意思が伝わって来ない。やるべきことがあるだの何だの言っておいて、あの日、魔女の処遇を決めた夜にしても、まさにじぶの生死が決まるといった場面にも拘わらず、平然としていた。まるで命の綱渡りを楽しんでいるかのように。あの時、魔女が自身の腕を切って見せたことにしても同じだ。自らを余りに軽視し過ぎている。

 自分すら大事にできない奴が、どうやって他人を大事にできよう。もしくは、他人を気にかける必要がないのか。関わるのがまだ二度目の俺は、魔女の考えていることはおろか、魔女自身も分からない。魔女は一体何がしたい?ただ一つだけ分かることがある。


「そんなんじゃ国は守れない。ワタシのことは疑ったままでいてね。魔女を赦さないことは間違いなくセイギだから」


 流暢なようで所々ぎこちないこの国の言葉を使う魔女。その口が語るのは真実だけ。この女に嘘はないと、それだけは確信した。
























(2010/08/17 赦されざることをしているという自覚はある魔女)