「…またお前か」
「アレ、怒らないの?」
「慣れだ、慣れ」


 魔女だという女を引き取って二月程経つ。そいつはここ一、二カ月の間、羅刹狩りなんて大層なことをしてくれてやがった犯人だ。その癖自分を生かすべきだと豪語した挙げ句、誠意だと抜かして自分の腕まで斬りつけてみせた。女にそこまでされれば受け入れない訳には行かず、異国人だが半分日本人の血が混じっているということもあり、上手いこと情に訴えやがった。そんなこいつは何やら重要な情報を握っているらしく、結局はここで預かることになったって訳だ。

 雪村のように何か仕事をする訳でもない魔女は、日がなこうして幹部連中の元をあちこち渡り歩いているらしい。最初は斎藤に引っ付いて離れなかったらしいが、どういう心変わりがあったのか、ここの所はその二人がいる所は見掛けないと聞く。


「また騒動起こしてくれやがって」
「ソウドウ…ああ、ヒジカタさんの小姓のコを助けたことですね!」
「助けるのはいいが流血沙汰にするんじゃねえよ。後始末するモンの気持ちもちったぁ考えろ」


 大袈裟なまでに溜め息をついてやったが、当の本人は全く気にしない様子でけらけらと笑って見せる。その様子からはまさか、羅刹狩りなんて狂気じみたことをするような人間には思えない(いや、本人曰くこいつは人間ではないらしいが)。

 まあそんなことはどうでもいい。俺にとって大事なのは、こいつがいるせいで仕事が進まなくなることだ。ひょいひょい俺の部屋に入って来たかと思えば、視界の隅に入るような位置に腰を下ろし、何をするでもなくじっとこちらを見ているだけ。何を考えているか分からない深い海色の目に言葉もなく見つめられては、流石に俺だって仕事し辛い。それでもしなくてはならないが、気分の良いものでもない。


「言いたいことがあんなら言え」
「ないよ?ないない。ヒジカタさんの仕事ぶりを見学に来ただけ」
「知ってるか、それは邪魔ってんだ」
「じゃあ居ないものと思って下さいよ。ヒジカタさんならできますって!」
「お前なぁ…」


 無邪気に笑う魔女。そう、やはりこんな面を見ていると、羅刹を前にすれば人が変わるなど今でも信じられない。実際俺はこいつが羅刹を相手にしている所は見ていないが、総司や斎藤の話によれば、ともすればうちの隊士より使えるらしい。見慣れない型の短刀のみで立ち回り、あっという間に自分の血を羅刹に飲ませ、片を付ける。誰かが手助けをする間もなく、それは一瞬で終わりだという。

 雪村とさほど年の変わらないであろう小娘が戦闘慣れだなんて世も末だな、などと頭の端で考えていれば、魔女は立ち上がって俺に近付く。何をするのかとその一連の動作を見ていれば、俺の頭上で握っていた両手をぱっと離した。その瞬間、ひらひらと幾つかの青や紫が降って来る。


「花びら…」
「梅雨のオスソワケだよ」
「紫陽花か」
「うん、庭に咲いてた。でもたくさん取ると怒られるから、ちょっとだけです」
「たまには小洒落たことするじゃねーか」
「ふふっ」


 今度は褒められた子どものようにくしゃっと笑う。くるくると表情を変える彼女は、まるで真の正体を掴めない。そして不意に俺の眉間を数回人差し指で突いて来る。訳が分からずその手を軽く払いのければ、またくしゃりと笑った。こういう時だけ無邪気そうに笑う彼女を見ると、、やはりそのに毒が流れているなどということも信じられない。


「あんまりそんな顔ばっかしてたら戻らなくなりますよ?」
「余計なお世話だ」
「とか言って、嬉しい癖に」
「うるせぇ。大事な仕事場散らかしやがって」


 苦笑混じりにそう言うと、彼女はますます嬉しそうに笑った。この女はやけに人を構うのも人に構われるのも好きだ。だからいつも誰彼かまわず幹部に引っ付いているのだろうが、その人懐こさと来たらまるで子犬のようだ。いや、容姿はどちらかと言えば猫か。

 そんな下らないことを考えながら、文机の上に散らばった花びらの一つを手に取った。まだ摘んで来たばかりらしいそれは、微かに雨の匂いがした。


「魔女」
「なんですか?」
「お前、雨が似合うな」
「嫌いじゃないですけど」
「そうか。ならいいだろ」


 いいです、と笑い、今度は背中にもたれて来る。背中と背中が合わさる、けれど彼女の背中は随分と華奢で軽い。大人しくなった彼女を余所に、俺はまた仕事を再開する。互いにそれ以上何も言わず、部屋には紙の擦れる音だけが響いた。

 多分、この花びらも本当なら他にあげたい相手がいたのだろうと、確証もないのにそう思った。
























(2010/6/15)
(2010/7/20 加筆修正)