月のような金色の長い髪、それらにまるで不釣り合いな赤黒い血を彼女はまとっていた。風に流れる髪を押さえ、こちらを振り向いた目は、藍。海のような藍色だ。頬に付着した血を鬱陶しそうに拭うと、口の端を持ち上げて笑った。


「ちょっと遅かったんじゃない?」
「誰だ、あんた」
「あ、ワタシ武器なんて持ってないからカタナ抜かないでね」


 刀に手をかけると、慌てて彼女はそう付け加えた。

 どこか舌足らずな、しかし流暢にこの国の言葉を操る彼女は、明らかに異国の人間だった。武器など何も持っていないというのに、彼女の足元には二つの死体が転がっている。しかも見覚えのある羽織を着た男ばかりだ。一体どういうことだ、何があった、それらを想像することもできない凄惨な現場に、刀から手を離すことはできなかった。


「暴走してたみたいだから止めてあげたんだけど…よけいなお世話だったかな?」
「…丸腰のあんたが全員を相手にできるとは思えん。何をした」
「血をねぇ、あげたんだよ」
「血だと…?」


 ほら、と言いながら着物の袖を捲くった彼女の腕には、まだ新しい幾つもの赤い大きな傷が残っている。血は止まっておらず、腕を下せば指先に血は滴って行く。その様子に嫌悪を感じて顔を歪めると、一層彼女は愉快そうに笑った。羅刹となった隊士を止めるのは容易ではない。加えて抜け出した彼らは血に飢えていたはずだ。だからこそ副長の命で駆り出されたというのに、着いてみればこの様。どう説明してくれよう。

 刀に手を掛けたままでいると、彼女は息を吐き出しながら肩をすくめて見せる。余裕そうなその態度を見ていると段々と苛立って来た。それを彼女も感じたのか、こちらへ近付こうとした足を止める。そして自嘲気味に笑った。


「ワタシ、見ての通りこの国の人間ではございません。多分、アナタたちの嫌いなイジンってやつ」
「…………」
「その中でも特別な人間でねぇ、ワタシの血には毒が流れてるの。この人たちみたいに人の道を外れた人がワタシの血を口にしたらひとたまりもないよ」
「特別な人間…?」
「そう。ワタシは魔女」


 ね、と首を傾げてにっこり笑う。


「この人たち、見た所ここじゃ有名なシンセングミの人みたいだし、もしかして小耳に挟んだラセツ?っていうの?…だと思ったから、処分しておいてあげようと思って。ま、元々ワタシはラセツの大量生産を目論んでるヤツがいるって言うから、この国に来たんだけど」


 指先に伝った血を彼女は自身で舐め取る。自分で口にする分には彼女の毒は回らないらしい。

 どれもこれも信じがたい話だが、現にどう考えても戦うことなどできなさそうな女の周りには隊士が二名倒れている。それに知るはずのない羅刹の情報を握っているというので信じるしかなくなる。自分は魔女だと名乗ったことにしも、彼女は普通の人間とは思えない雰囲気を持っているので何となく分かる。

 だが、それなら自分はどうするべきだ。殺すか、見逃すか。しかし副長にどう説明すればいい。こんな現場を目にした自分でさえ、まだ夢か何かなのではないかと疑ってしまう。羅刹というだけで異端なものだというのに、それ以上に異端な人物の出現に少なくとも俺は動揺している。


「アナタとしてはワタシを殺した所なンだろうけど、そうは行かないんだよねぇ。見逃してよ」
「そういうわけには行かない。あんたの話には不可解な点が多すぎる」
「アレ。信じてくれてない感じなの?」
「当たり前だ」
「じゃ、ワタシの血でも舐めてみる?人斬りを繰り返してるなら或いは毒が効くかもねぇ、シンセングミのサイトウハジメさん?」
「貴様…っ!」


 赤い舌で手首の傷を舐めながら、くすくすとおかしそうに笑う。

 彼女の話はもしかしたら嘘かも知れない。だが、もし真実だったとしたら近付くのは危険だ。“人の道を外れた”という曖昧な表現をしたことも引っ掛かる。どこまでが本当でどこからが嘘なのか、その判別も今の自分には難しい。それに彼女の言った「羅刹の大量生産」という言葉も気になる。

 斬るなら後でもできる。本当に彼女に戦闘能力がないというなら、連れて帰るのが一番良い選択だ。


「あんたは本当に戦えないのか」
「ん?ああ、武器らしい武器なんてこの血一つだけだよ」
「なら、あんたを屯所まで連れて行く」
「ハイ?」
「あんたをどうするべきか、俺では決めかねる。戻って幹部で話し合う。来い」


 すると、彼女は声を上げて笑い出した。何がそんなにおかしいのか、腹を抱えて笑っている。…気分が悪い。耳障りなのでそちらを睨めばやっと笑いは止まったが、それでも口を押さえて小さな笑いを洩らしていた。


「ふふ、甘いって言われない?」
「ない」
「あ、そ」
「行くぞ」
「ねえねえ、ワタシ、アナタのこと気に入っちゃった。砂糖みたいに甘いんだもの。甘いものは好きよ」
「無駄口を叩くな」


 それが、俺と魔女との出会いだった。
























(2010/5/5)
(2010/7/18 加筆・修正)