ラストオーダー すっかり憔悴してしまったを、斎藤は家へ送り届けた。斎藤の血以外を求めなかった彼女が、それでも他の人間の血を口にした理由。それゆえに感じている気持ちの名前が、斎藤には分かる気がした。頑なに血液製剤のみで凌いで来たを変えたもの、それは生への執着だ。は、斎藤に振り向いてもらえないなら朽ちて良いとさえ思っていた。けれどようやく、斎藤に手を差し伸べられ、このまま黙って死にたくないと思ったのだ。 それでも纏わりつく罪悪感は、斎藤に血を分け与えられてからたったの三日しか経っていなかったからだろうか。生きるための手段とは言え、あれだけ拘った斎藤以外の人間に、生きる手段を縋ったのだ。斎藤からしてみれば、生きていてくれてどれほど安心したことか。自分の血ならいくらでも、とは思ったが、自分以外の血を吸うなとはこれからも言うつもりはない。何をするにも生きていることが前提ではないか。 溜め息をつきながらの家の門を出ると、そこにはクラスメートのがいた。先程学校で奇妙な発言をした彼女に、思わず斎藤は身構える。 「何が目的だ」 「敵じゃないんだから、そんな引き攣った顔しないでよ」 「…………」 「さんと同じなの。私は土方先生から血をもらってる」 「なに…?」 思いもよらぬからの告白に、斎藤は眉を顰めた。近くに同じように血を求める人間が二人もいるだなんて信じられるはずがない。それを悟ったのか、は制服のポケットからピルケースを取り出した。その中身には見覚えがある。血のように赤いタブレット、それはも所持しているものだ。にとってはなくてはならないもの“だった”。 「さんは特殊だよ。これまで一度も血を飲まなかったなんて、普通じゃ考えられない。どういうことか分かる?」 「…毒に、侵されすぎている」 「そう」 普通の人間の血を口にすることで、解毒することもできるのだとは言った。小さい頃から少しずつ血を口にする習慣があれば、さほど毒の影響を受けずに生活することができる。しかも、自然と血を求める体になるのだという。それを抑えて生きて来たは、我慢が加算されて余計に体を蝕まれているらしい。 なぜがそのような目に遭わなければならないのだろうか―――斎藤は彼女の苦痛を考えると悔しい思いでいっぱいになる。自分はただ、血を彼女に与えるだけで良い。けれどは違う、いつ軽減するか分からない発作への恐怖と闘わなければならないのだ。どれだけ血を飲み続ければ発作が消えるのかは、でも分からないという。とりあえず、毎日ほぼ同時刻に血を飲むことはできれば徐々に緩和されて行くらしい。今はそれを信じるしかない。少しでも彼女の体が楽になるというのなら。 「欲しい欲しいって言ってる時と、いざ与えられてからは気持ちが変わるものだよ。これで良いのかな、本当に良いのかなって、躊躇うようになる。だから、」 「なら、俺から与えれば良いのだろう」 「理解してくれているなら、良いの」 はそう言って笑うと去って行った。…もう一度、の家を振り返り、彼女の部屋がある辺りを見上げる。は今、何を考えているのだろう。たった一人、家の中で何を思っているのだろう。もう苦しくはないのだろうか、落ち着いたのだろうか。様々な不安が次々と浮かんで来る。それらは消えることなく胸の奥に留まり続ける。明日まで待たなければならないと思うと、胸が締め付けられるようだ。 少しでも発作を抑えるためには、毎日およそ同じ時間に血を飲まなければならないのだという。斎藤にとってはそれは最早なんでもないことではあるが、先程のの言葉を思い出し、の心の内を思った。欲しいと思っていた時と、実際に手に入れた時とでは気持ちが変わる―――それはの経験からも出て来た言葉なのだろう。そう言った特殊な体質どころか、さして大きな病気もせず育った斎藤には考えられない世界の話だ。けれど考えなければならない。もう遠い世界の話などではないのだから。 (の生死を握っているのは俺か…) ほんの一、二時間ほど前、のために傷をつけた手のひらを見つめる。そこにはもう、カッターナイフで切りつけた痕は少しも残っていない。どうやら、吸血の副作用として傷口の高速治癒があるらしい。が吸血に慣れれば、歯を突き立てる際の痛みもなくなるのだという。自分の体のつくりとは違い過ぎて、最早理解ができないが、そういうものだと受け止めるしかないようだ。痛みがなくなれば苦痛もなくなるし、も斎藤が痛みを感じているのではないかと言う懸念に苛まれずに済む。秘密を知り、彼女を受け入れた以上は共に考えて行くだけだ。だけの問題ではなくなったのだから、一人で抱え込む必要はないということも、斎藤はに伝えなければならない。早く明日になることを願いながら、斎藤も自宅へと足を進めた。 ← ![]() (2013/01/14) |