ラストオーダー 真新しい制服に身を包んだ新入生が、続々と体育館に入って来る。制服は着ているというよりも、まだ着られていると表現した方が正しいかも知れない。その中でも目を引いたのは、珍しく丈を短くせず、膝の頭も隠れる長さのスカートを穿いている女子生徒だった。目が合うと、にこりともせず軽く会釈をしてふいっと目を逸らす。 何てことのない、ただの新入生だ。さして人脈の広いわけでない自分は、今後彼女と関わることなどないのだろう。学校長や理事長の話を聞き流しながら、けれどどこか彼女の姿が突っかかったまま離れない。面識がなくとも目が合えば会釈をするのは当然だが、ほんの少し合っただけの視線に射抜かれたような気分になる。それはどちらかと言えば、嫌な予感だ。 「斎藤先輩」 その予感の通り、式が終わって混雑する廊下で彼女に後ろから呼び止められた。振り向けば、表情もなく、他の生徒たちを気にする様子もなく、足を止めてこちらを見て来る彼女。第一ボタンまで締められたカッターシャツ、固く結ばれたネクタイに、膝の頭が隠れるスカート。一見、優等生のような雰囲気だが、年相応の覇気があるかといえば、それはまた別だ。眼力があるわけではないのだが、一度合うと目線を外せない。独特の雰囲気に、一瞬で呑み込まれそうになった。 「今、お時間よろしいですか」 「構わないが…」 「少し付き合って下さい」 淡々と告げると、くるりと背を向けて歩いて行く。ついて来い、という意味なのだろう。人波に逆らって彼女の向かった先は、誰もいない空き教室。時々会議室として使われているだけのそこは、埃っぽさこそないものの、不気味な静けさがある。後ろ手に扉を閉めれば、彼女は振り返って少し早足で近付いて来た。一歩足を引いたものの、手を掴まれてそれを阻む。逃げるなとでも言うように、さっきまで気力をまるで感じられなかった目が、途端に強さを見せる。 手首を掴んでいた手は、するすると上へ上って行き、肘の辺りでぴたりと止まる。目的の分からないその行為は不気味としか言いようがなく、口を閉ざし、ただ見上げて来る彼女には、可愛らしさの欠片もない。自分よりも随分小柄な彼女一人くらい、振り払おうと思えば振り払える。けれどこの部屋に走った妙な緊張感が、それをさせなかった。やがて、彼女の唇がゆっくりと動く。 「私と血を共有しませんか」 やっと口を開いたかと思えば何の事だ。言われている意味が分からず、思いっきり眉根を寄せた。けれど彼女は顔色一つ変えやしない。「共有だと?」「そうです」一度だけ、こくりと頷いて見せる。 「一日に一度、少しで良い。私に斎藤先輩の血を下さい」 「言っている意味が分からん」 「そのままです。私の身体には斎藤先輩の血液が必要なんです」 「理由も分からず承諾すると思っているのか」 そうきつく問うてみたところで、やはり彼女の様子は変わることがない。総司とはまた違うタイプのマイペース加減だ。しかし、ここでようやく枷のように纏わりついていた彼女の手が腕から離れた。その瞬間、少し呼吸が楽になる。別段、何かされていた訳ではないが、圧迫感が呼吸一つに気を遣わせていたのだ。こんな非力そうな少女一人相手に、何を。 「私の身体には毒が回っています。十八になる夜までにパートナーを探し、定期的にその人の血を飲まないと、毒に侵され死んでしまう」 「そのような話、聞いたことがない」 「あったらびっくりです」 彼女の話を信じた訳ではない。だが、こんな大真面目な顔をして嘘をついているとも思えない。しかし不思議なのは、命の危険さえあるというのに、何故このように淡々と話すのだろうか。彼女自身にしてもそうだ、焦るなり慌てるなりすればまた危機感が伝わるだろうに、全くそれを感じない。他の新入生と比べて随分落ち着いており、けれど混雑した中で人を呼びとめる度胸。 何もかもが予想外の展開で、何から処理して行けばいいのかも分からない。この様子からするに、答えを急いている訳ではないが、こちらにだって聞きたいことは山ほどある。だが何からどう聞けばいいのか、混乱しているだけだ。そんなこちらの様子を察したらしい彼女は、距離をとってからまた淡々と告げる。 「答えは急ぎません、早い方が嬉しいですが。何か疑問に思うことがあったら答えられる限り答えるようにします」 「………………」 「せっかくだから仲良くしましょう、斎藤先輩?」 嫌な予感しかない。差し出された白くて細い腕を見て、また背中を嫌な汗が伝った。けれど、その手を握ったその時から、きっと彼女の策中にはまってしまっていたのかも知れない。 ![]() (2011/5/3) |