。行き場のなかった五人の子どもを拾って姉として養っているが、その容姿はまだ少女が抜けきる手前くらいだ。子どもたちの相手を総司がしているのは何度か見たことがあり、総司から彼女の話を聞いたこともあったが、彼女自身を初めて見たのはあの日が初めてだった。








* * * * *








 その日俺は土方さんに頼まれ、出掛けている総司を探しに行っていた。どこへ行ったかは大体想像がつく。最初に思い浮かんだ場所へ行ってみれば、予想通り総司はいた。けれど石段を下りて来るのは総司一人でなく見慣れない女も一緒だった。先程、数人の子どもが走って行った所を見ると、彼女が例のという女だろうか。五人の子どもを拾ったとはいえ育てているのだから大人だとばかり思っていたが、どう多く見積もっても自分たちより年下だ(雪村よりは年上だろうが)。

 なぜか総司に声をかけるのが躊躇われて、石段を下りて来るのを下で待っていると、もうあと数段という所になってようやく総司も気付き、「あ」と声を漏らす。それに釣られて彼女がこちらを見ると、その瞬間、小さな悲鳴と共に彼女は足を踏み外した。反射的に体が動き、落ちて来る彼女に手を伸ばす。間に合わないか、そう思われたが、寸前でその華奢な身体を受け止めることはできた。しかし、受け止めた反動で後ろに倒れ込んでしまう。上手く受け身はとったので特に怪我はなかったが。


(…動かない)


 落ちて来た本人は全く動く気配がない。まさか、あの程度の高さから足を滑らせたくらいで気絶しているのだろうか。

 しかしそんなものは杞憂に過ぎず、声をかけるより先に彼女は身を起こした。するとその黒い瞳と目が合う。彼女はそのまま硬直して、数回瞬きを繰り返した。何か言おうと互いに口を開きかけるが、総司の方が早かった。


ちゃん、大丈夫?」


 やはりこの女がらしい。総司の声にも気付かないようで、じっとこちらを見つめて来た。何か言いたいことでもあるのか、その視線は訴えるようにも見えるが、何も言わないので分からない。俺もどう声をかければいいか分からず、「怪我がないならいい加減退いてくれないか」と言うと、焦ったように「すみません」と口にした。その直後、総司が後ろへ引っ張って彼女を立たせる。その立ち上がる動作に、違和感があったのを俺は見逃さなかった。恐らく滑った際に足を捻りでもしたのだろう。


「ああ、ごめんごめん。心配したのに無視されちゃったから仕返し」
「すみません、大丈夫です、怪我もないですし」


 は笑顔で見え透いた嘘をついた。総司がどうしたのかと訊ねるが「何でもない」の一点張りで、本当のことを言おうとしない。なぜだかその様子に苛立って、彼女が何か言いかけたのを遮るように俺は総司に用件を伝えた。いつものように土方さんの呼び出しに文句を言いながら肩を竦めてみせる。そんな中、放置されていたが総司の袖を掴んで「あの!」と声を上げた。


「あの…お二人はお知り合いですか?」
ちゃん、会ったことなかったっけ」
「ええ、初めてお会いしましたけど…」
「そっか、ごめんね。彼、斎藤君ね」


 すると、こちらを振り返って「斎藤、さん」とぎこちなく繰り返した。彼女は怯えるような顔でこちらを見る。何も危害を加えるようなことはするつもりはないのだが、身体を萎縮させて総司に掴まっている姿を見ているとますます苛立った。思わず目を逸らしてしまったが、「斎藤さん」と再度小さな声で名前を呼ばれた。


「ありがとうございます、斎藤さん」
「…いや」
「あの、総司さんも呼ばれているようですし、あたしもう一人で帰りますから」
「本当に大丈夫?」
「ええ、ありがとうございます。また子どもたちの相手、してやって下さいね」


 総司には愛想よく笑って話す。恐らく総司もが怪我をしたことは気付いているだろうが、総司が追求しないので俺も何も言わなかった。彼女が小走りに通り過ぎて行く時にまた目が合ったが、怖がられているのかすぐに逸らされてしまう。さっきは俺が逸らしたのだから仕方がない。…いや、逸らすも逸らさないも、別に関係のないことだ。

 彼女の姿が見えなくなるまでその場に留まった後、改めて総司を屯所へ戻るよう促した。その道中、不意に気になって口を開く。


「…彼女がか」
「そうそう。一君、会ったことなかったっけ?」
「ない」


 恐らく誰かと思い違いをしているのだろう。しかし総司は気にしていないようで、の話を続けた。


ちゃん、良い子だよねぇ」
「惚気なら他でやれ」
「…何か勘違いしてると思うんだけど」
「何がだ」
ちゃんと僕はそういう仲じゃないんだけど?」


 特にそういった事情には興味がないので「そうか」とだけ返す。それから他にも彼女の話をされたような気がするが、総司の口から彼女の名前が出る度に苛立ちが増す。いや、総司は何も俺を怒らせるようなことを言っている訳ではない。単にの話をしているだけだ。どこから来ているのか分からない苛立ちに、最後には相槌を打つことすら忘れていると、総司が足を止めた。


「一君、怒ってる?」
「何故俺が怒らねばならん」
「…じゃあ、ちゃんのことどう思う?」
のこと、だと?」


 今日会ったばかりの人間をどう思うと言われても答えようがない。暫く悩んでから、「見ていて苛立つ」と正直な感想を口にした。足を怪我をしたと言うのに何でもない振りをしたことも、俺を怯えた目で見たことも、総司とは笑って話していたことも。総司は訳が分からないというような顔をしたのでそう付け足すと、驚いたような顔をして、それから笑い出した。

 訳が分からずその様子を見ていると、総司は「へぇ」「ふうん」などと要領の得ない言葉を発する。そして相変わらず面白そうに笑ったまま言葉を繋げた。


「多分、これからもっと苛立って来ると思うなぁ」


 何の根拠があってあんなことを言ったのかは知らない。それに今後また会うかどうかも分からない。しかしそんなことを思った翌日、再び俺はに遭遇する。そして総司の予想通り、その時の俺の心境は穏やかではなかった。

 巡察中、不逞の輩に絡まれて涙ぐんでいるを見ると、舌打ちせずにはいられなかった。絡まれている女がだと分かるとなぜか冷静でいられず、「組長!一体どこへ!」と叫ぶ隊士を放って飛び出していた。幸い、相手は俺が新選組だと分かると一目散に逃げて行ったが、自分でもどうしてそのようなことをしたのか分からない。それにすら苛立ったが、振り返るとはその場にへたり込んでいて、余程怖かったのか小さく震えていた。

 目線を合わせるように俺もしゃがんだが、昨日と同じく怯えるような、そして警戒するような目で俺を見て身を引いた(もう一度言うが俺はに危害を加えようなどとは微塵にも思っていない)。よほど強く噛み締めていたのか唇も切れており、血を拭ってやろうと手を伸ばしたが、びくりと肩を震わせてぎゅっと目を瞑る。俺は大人しく手を引っ込めて「体調の良くない時に出歩くのは勧めない」とだけ言った。

 その時、反対側から別経路で巡察を行っていた総司の隊がやって来た。総司の姿をみとめるとも安心したようで、肩の力が抜けたのが見ていて分かった。総司が来たならのことはもう任せればいい。俺は立ち上がってその場を渡した。


ちゃん、何か巻き込まれでもした?」
「いえ、あの、斎藤さんに助けて頂いて……あの、ありがとうございます」
「礼など要らん。任務を果たしたまでだ」


 はこちらを見たが、その視線に気付かない振りをして、文字通り逃げるようにその場を後にした。も総司となら話せるようだから、事情は説明するだろう。できなかったとしても後で総司が聞いて来たら俺から説明すればいい。

 もうとうには見えないと言うのに、理由の分からない苛立ちはまだ消えない。
























(2010/4/2)