そして、ゆるぎなく。


〜目指す楽園へと手を繋ぎながら〜










「一番覚えてることって何?」
「君が僕のコンピュータのシステムを変更して君への愛の言葉で音声認証しないとコンピュータを動かせなくしたことだ」
「ロクでもないこと覚えてるね…」

 とうとう歩くことが難しくなったあたしは、ベッドで過ごすことが多くなった。それでもティエリアは嫌な顔ひとつせずここにいてくれる。そして「乗り掛かった船だ」と小さく笑いながら、涙を零したあたしの頭を優しく撫でてくれた。

 それでも、調子の良い日はこうして車椅子に乗って外に出る。秋の陽射しは眩しい割にあまり温かくなくて、寄り添ってくれるティエリアがいなければとてもじゃないが外にいられない。身震いすると、ティエリアは自分が巻いていたマフラーを何も言わずあたしにぐるぐると巻き付ける。代わりにティエリアの首元が随分と寒くなってしまったが、団子のようなあたしを見て満足そうな顔をした。そんなティエリアがおかしくてあたしは思わず噴き出す。

「笑うことはないだろう。逆に聞くがが一番覚えていることはなんだ」
「えー…そりゃもちろんティエリアが初めてあたしに涙を見せたことよね…」
「君だって碌なこと覚えてないだろう!」

 今度は顔をしかめてあたしの頭を思い切りぐりぐりと撫で回した。せっかく整えて来た髪がぼさぼさになる。けれど短く切った髪は少し撫で付けただけで元に戻った。

 ティエリアが好きだと言ってくれたこの髪を切ってしまうことに躊躇いはなかった。どんどん艶をなくして行く髪をいつまでも伸ばし続けているのは苦しかった。ティエリアが好きでいてくれた以前のあたしの髪に申し訳がない。未練は少ない方がいい。

「あたしが転がした大量のハロに躓いて転ぶティエリアも面白かったわ…っ」
「刹那に馬鹿にされたのを知っているか?」
「アレルヤが励ましてくれてたじゃない」
「その後ロックオンに八つ当たりしてやった」
「いつも貧乏くじはロックオンよね」

 こんなにも穏やかな気持ちであの頃の話をする日が来るなんて、夢にも見なかった。刹那のことも、アレルヤのことも、ロックオンのことも、思い出す度に胸が痛むばかりだったのに、今はそれがない。ただ懐かしく思いを馳せ、彼等に会いたいとも思う。きっとティエリアも同じなのだろう。言葉こそ投げやりだが、やれやれとでも言うように眉を下げて小さく笑っていた。そして不意にあたしの頭を小突く。ティエリアの方へ首を巡らせると、春のような優しい笑みをその顔に湛えていた。

「どうしたの?」
「愛しいものだなと思った」
「あの頃が?」
「そうだな…それも含めて世界がだ」
「奇遇、あたしもよ」

 ティエリアや彼等と出会えたこの世界が愛しい。暗殺屋をしていた頃には決して抱くことのなかった感情に驚きながらも、愛しいというピースは心のパズルにぴたりと当て嵌まる。

 関わる人によって人生がこんなにも変えられるものだとは思わなかった。命懸けのミッションや、九死に一生というような経験は山ほどした。それでも生き残った不思議、再会できたことは奇跡ではないだろうか。そう思うと、この世界がとても尊く美しいもののような気がした。

「そろそろ帰ろう、冷えてきた」
「うん」

 何をしても変えられないものがある。どうしても止められないものがある。削られて行くばかりの残り時間だというなら、それが変わらないのだとしたら、できる限り幸せや愛しさで満たしたい。この世界をあたしの持つ全ての愛で以て大切にしたい。その世界の中心にはティエリアがいる。あたしの世界を動かしたティエリアがいるのだから。

 あたしの心が愛しさで満たされれば、ティエリアのいない世界に生きる寂しさも、ティエリアを失う恐怖も、ティエリアを忘れてしまう不安も、乗り越えられる気がした。そうして乗り越えたその先に、また別の愛情が待っていると信じられた。















(2012/11/19)