そして、ゆるぎなく。
〜夢中で追い掛けた背中に届いた手〜
さいごに、誰といたいだろうと考えた時、昔なら誰も思い浮かばなかった。今はただ一人しか浮かばない。それが幸せなことなのかそうでないのかは分からない。けれど、孤独ではないということ、ただそれだけがあたしにとっての幸せになった。 「でもね、やっぱりティエリアの目に映るなら、きれいな方が良かった」 「…そうか」 「あたしはどんどん変わって行くのに、ティエリアは変わらないんだもの」 ずっとコンプレックスだった。同じ早さで時を過ごせないことが。ティエリアも確実に老いては行くのだろう。けれどあたしよりも遥かに遅いスピードで、なのだ。同じ早さで生きることをどれほど願ったことか。同じ人種に生まれなかったことを、どれほど憎んだことか。 ミルクと砂糖たっぷりの、最早コーヒーとは言えないそれを飲み干した。甘さが喉を駆け抜けていく早さがあたしの生きるスピードなら、熱いコーヒーがすっかり冷めきってしまうまでがティエリアの生きるスピード。決して縮まらない距離を縮めたかった。不毛なことだと、叶わぬことだと分かっている。けれどどうしても、その決められた方程式を破りたかった。情とは、叶わぬものを叶えようとし、手に入れられぬものを手に入れたいと願うものなのかも知れない。 「僕はが羨ましかった。中身に会わせて外見も成長できる君が」 「ないものねだりだね、あたしたち」 「だがお陰で、駆けずり回ってを探すことができた」 「それもそうかも知れない」 夢見ていたような綺麗な部屋じゃない。きれいなあたしでもない。誰もが羨ましがるようなさいごとは言えないかも知れない。綺麗な病院や、綺麗な家や、立派な医療器具がこの世にはたくさんある。そのどれ一つもあたしの身近にはない。けれどティエリアがいる。あたしのためだけに組織を抜けてくれたティエリアがいる。本当のあたしを、目を逸らさずに見てくれるティエリアがいる。誰かといるという温もりを知った今、これほど心強いことはない。 空になった二つのマグカップを手に、ティエリアはキッチンに向かう。水道の音、食器の音、外から射す午後の陽射し、窓を揺らす秋の風、そして目の前にはこの世で一番大切で必要な人。あたしの望んだ全てがここにある。 「ねえティエリア」 「なんだ」 「大好き」 何度も言った言葉。何度も何度も伝えた言葉。いつも、決して軽い気持ちで言っていた訳じゃないけれど、今、とても特別な気持ちで言った。ありがとうも、ごめんなさいも、愛してるも、あたしの全ての気持ちを込めて。そんな含みを悟ったのか、ティエリアはあっちを向いたままぶっきらぼうに返してくれた。 「知っている」 (2012/11/19) ← → |