そして、ゆるぎなく。
~瞬き一つで過ぎる刻を共に在ると今誓う~
「なぜ消えた?」 「…こんな姿を、ティエリアに見せたくなかったのよ」 車椅子に乗るあたしを見下ろしながら、ティエリアは顔を歪めた。…あたしの役目が終わり、私がガンダムを降りると共に、おじいちゃん先生と一緒にソレスタルビーイングを辞めた。ティエリアはもちろん組織に残ったけれど、それでも暫くはメールや電話で連絡をとっていた。やがてその回数は減り、全く連絡をとらなくなった。恐らく、おじいちゃん先生が亡くなってからだ。 しかしその後、ティエリアは組織の中で働きながらもあたしを探してくれていたらしい。随分時間がかかってしまったが、長い長いかくれんぼは終幕を迎えてしまった。 「姿形を気にする俺だと思うか」 「ティエリアが気にしなくても私が気にするの」 「貴様らしくない考えだな」 「そうさせたのはティエリアよ?」 あたしに人としてのこころを教えてくれたのはティエリアだった。愛しいと思う気持ちも、守りたいと思う気持ちも、傍にいたいと思う気持ちも、だからこそ傍にいられないという決意も。全てはティエリアが教えてくれた。 ティエリアだってあたしの中身を見てくれていたことは知っている。あたしの良い所も悪い所も受け止めてくれ、愛してくれた。そして抱きしめてくれた。それでも傍にいられないと悟った。もちろん、あたし一人が決めたことだ。だから今、ティエリアは怒りを抑えられずにいる。 「あたしの身体では足手まといよ」 「そんなこと関係ない」 「違う、あたしの気持ちの問題なの」 「俺の気持ちはどうなる!?」 声を荒げ、ティエリアはあたしを抱きしめた。縋るようにきつく、その肩を震わせながら。 強いひとだと、最初は思っていた。けれど弱いひとだとすぐに露呈した。それでも姿勢や考えは常に強くあり続け、強く生きようとしていた。その背中や手の平は大きなものだったし、そんな彼をあたしが愛したのも事実。そして、こんな風に弱みを見せる彼を、あたしだけが抱き締めて守ってあげたいと思った―――思っていた。あたしの身体に異変が現れるまでは。 「あたしは、ティエリアと同じ所にいられないって気付いたの」 「そんなことはない、俺が治してみせる、俺が治療法を探して、」 「ティエリア、時間の流れには逆らえないんだよ」 失った時間が帰らないことは、戦場で最前線にいたあたしたちが一番よく知っている。失った仲間たちの顔を思い浮かべては、何度も何度も自分に言い聞かせた、あの時には帰れないのだと。 違和感が著明な異変へと進行するのに時間はかからなかった。それを実感してティエリアとは距離を置き、姿を眩ませたのだ。こんな姿、ティエリアには見られたくなかったから。できることなら傍にいたい、けれどそれを阻んだのは彼を愛するこころだった。不格好な自分を見せたくないと、なけなしの恋心が叫んだのだ。 「笑えるよねぇ、こんな年になって」 「笑えるものか」 「もう、あたしだと分かってもらえないと思ったもの」 それなのに、すっかり変わってしまったあたしを、ティエリアは見つけ出してくれた。あの頃と変わらない温かく大きな手の平で、あたしの頬に触れる。両手で優しく包むと、ティエリアは自身の額をあたしの額にくっつけた。同じくらいの体温が合わさる。懐かしい感覚に、思わず両目から涙が溢れた。 「言っただろう。たとえどれだけ時間がかかっても、どこにいても、どんな姿になっていても、きっと見つけ出せると」 「ティエリア…っ」 「ネリーが大切で、必要なんだ」 いつかと同じ言葉を繰り返す。その声も、瞳も、手も、何一つあの頃と変わらない。変わったのはあたしばかりで、そのことに引け目を感じていた。傍にいられないと思った。けれどそんなあたしでも良いと言ってくれるなら、今のあたしを、こんなにも変わってしまったあたしを必要としてくれるなら、またあたしの傍にいて欲しい。 「残された時間は少ないよ?」 「ああ」 「融通も利かないよ?」 「分かっている」 「こんなに、なっちゃったよ?」 「だからなんだ」 あたしの髪を撫で、不敵に笑うティエリアはあの頃そのもの。 「君は変わらず、本当にどうしようもない馬鹿だというだけだ」 あと少ししか時間がないことは分かっている。けれどどうか、あと少ししかないならそれだけの間、ティエリアの時間をあたしに下さい。ティエリアをあたしの傍にいさせて下さい。やっぱりあたしも、このひとが大切で必要なのです―――そう、誰にでもなく乞いながら、すっかり痩せてしまったあたしを抱きしめてくれるティエリアの背に、あたしもまた腕を回した。今度こそ、さいごまで離さないでいようと。 (2012/11/17) ← → |