こんなにも気が利く人物だっただろうか、と思った。足は大丈夫か、撃たれた所はどうだ、切りつけられた所は痛まないか、など、トレミーに戻ってからも彼はあたしの世話を焼きたがった。何があったのだとスメラギさんやロックオンに不審がられたけれど、特別あたしが何かをした訳ではない。あたしが変わった訳でもない。かの医師の手により、ティエリア・アーデが自ら変わったのだ。











そして、ゆるぎなく。


〜計画の軌道を外れた向こう〜











 優しくされることには慣れていなかった。どこかむず痒くて、気を遣われると逃げたくなる。自分からちょっかい出しに行くのはいいけれど、逆に近付かれると対処法が分からない。そうなると自然に彼から逃げてしまう訳で、あれだけ好き勝手してきたトレミー内で、今はこそこそとティエリア・アーデから逃げ隠れる羽目になってしまっているのだ。


「結局、お前さんたちは何があったんだ?」


 呆れたようにため息をつき、ロックオンは机の下に隠れているあたしを見た。今日は通りかかったロックオンに助けを乞い、こうして彼の自室に匿ってもらっている。今回は、というよりも、地上からトレミーに戻ってこっち、あたしがティエリア・アーデに絡みに行ったことは一度もない。

 さすがに数日も経てばその不自然さに皆が気付く。恐らくティエリア・アーデも気付いてはいるだろうが、それでもあたしを探し回っているのだから、本当に懲りない相手だ。そう零すと、「少し前のお前があんな感じだ」とロックオンは乾いた笑いを漏らした。言われてみればそうかも知れない。とりあえず、自分がその立場にならないと分からないことはたくさんあるということはよく分かった。


「何があったって言うか、まあ、話せば長くなるんで省きますけど」
「いや省くなよ」
「ロックオン、あたし嘘ついたんです」
「嘘?」
「ロックオンがあたしに銃を向けた日、あたし、嘘ついたんです」


 その日のことを口にすると、ロックオンは急に表情を変えた。空気が凍りつくのを感じる。ロックオンがあたしを疑っていることは、あの日から変わりはないのだろう。その証拠に今にも銃を抜きそうな雰囲気だ。あたしがこれ以上嘘をつかないためには、それくらいが丁度いい。優しい人たちばかりでなく、監視の意味も込めてあたしを見ている人はいなければならないのだと思う。

 依然、机の下に潜ったままであたしは話を続けた。


「ロックオンの言うとおり、あたしはトレミーに“何か”しようとしてました。そうですねー、トレミーを落としてやろうかなって」
「…だろうな」
「あはは、ひやりとしたんですよ。あたしだって銃が専門ですけど、ロックオンとは格が違いますから。殺されるかと思いました」
「で、心変りはしたんだろ?」


 そうですね、と返事をしてあたしは膝を抱えて目を伏せた。机の下は狭いので、いくらあたしが小さくてもこうして身体を丸めていないと隠れられない。この状態でロックオンと話をしているなんて、人から見れば滑稽な画になるだろう。けれど、表情を悟られずに済むこの体勢はあたしにとって都合のいいものだった。

 膝を抱える力を強めて、地上にいる時のことを思い出した。思わず勢いで「離さないで」なんて口走ったけれど、今思えば非常に恥ずかしい言葉だ。そんなことティエリア・アーデは気にしないだろうが、あたしが気にする。ああいうやりとりは普通、恋人同士の間で行われるものだ。ただのクルー相手にあの言葉はない。ティエリア・アーデもティエリア・アーデだ。あれじゃあまるで愛の告白のようだ。思い出す度に恥ずかしい。上気する顔を膝に埋めて「はああああぁ…」と大きなため息をついた。


「良ければその理由を聞かせてもらいたいんだが?」
「ロックオンもなかなか意地悪ですねぇ…ちょっと、ときめきました」
「悪い冗談はよしてくれ」
「むぅ…」


 あたしはようやく机の下から這い出てロックオンに向き直った。そして小さく笑った。


「興味が湧いたんですよ」
「へぇ、何に?」


 その答えをもうロックオンは知っているだろうに、面白そうに笑って聞き返して来た。あたしも同じようににっこり笑って人差し指を口元に当てると、「秘密ですよ」と答える。

 何に、と言われた所で一つではない。ティエリア・アーデはもちろん、他のマイスターやクルーのことも、それから先生が言っていた愛についてもそうだし、本当の幸せとはなんたるかについてもだ。そして、あたしたちの武力介入で本当に世界は変わるのかどうか、ティエリア・アーデの盲信するヴェーダも。

 だからあたしはここに留まることにした。どうせこれまでもいつ死んだっておかしくない生き方をして来たのだ。これまでと今と違うのはせいぜい武器くらい。銃がガンダムになっただけと思えばいい。とりあえずはティエリア・アーデが示した方へ歩いて行こう。今はまだ自分では右左を決められそうにもないし、ここがあたしの属する最後の組織になればそれがいい。例え明日の闘いで死ぬことになったとしても、周囲への興味が持てたこと、自分を愛せる努力をしようと思ったこと、それだけで大きな何かが変わったはずなのだから。
















(2010/4/3)