「ふおおおっ!せっちゃん!!」
「刹那だ」


 気配もなくあたしに近付いたのは、あたしと同じ年くらいのマイスター、刹那だった。いつも無表情で無口な少年だ。だからと言って不仲な訳ではない。むしろティエリア・アーデよりも親しい方だ。


「クリスティナ・シエラが探していた」
「そんだけ?」
「それだけだ」
「ああ、そうなの」
「確かに伝えた」
「あっストップストップ!!」


 背を向けて去ろうとする刹那を引き留め、あたしは自分のポケットの中を探る。いつも常備しているキャンディを二、三個取り出して、刹那の手を引くと黙ってそれを握らせる。子ども扱いされたと思っているのか、若干嫌そうな顔をしたが、「お礼のつもり!」と笑って伝えると、それ以上何も言わずに再び来た方へ戻って行った。

 あたしは、あたしに僅かな好意を持っているこの純粋な少年をも利用しているのだ。











そして、ゆるぎなく。


〜演じる爪先まで〜











 この艦を堕とすのはあたし。いくらそう決めていても、あたしだって武力介入を直接行っており、いつ死ぬか分からない身である。まずは自分が生きることに必死だった。マイスターも楽じゃない。確かにガンダムは最強だ。対抗できる機体なんてどこにもない。ただし、今の所は。

 ここも所詮秘密だらけの組織。どこの誰が機密を持ち出してもおかしくはない。むしろ、ここの情報をリークしようとする人間がいないことの方が不思議だ。


(いや、そういう怪しい人物がいればすぐに抹殺しているのか?)


 そうだとしたらいろんな意味で益々恐ろしい組織である。しかし、こういった組織に政治に絡んでいる人間がいない訳がない。その人間が裏切ったとしたらこの組織は私が手を下すまでもなく終わり。それでは意味がない。ならばある程度この組織のことを調べなければならないだろう。

 丁度そんな時だった。あたしに地上での休暇を与えられたのは。


「いいんですか?」
「ええ。この間の休暇、あなたはここで留守番だったでしょう?」
「そろそろ重力が恋しくなって来ていた所なんですよ!」


 与えられたのは一週間。その一週間で一体どれだけの情報を得ることができるだろうか。少なくとも、今後のあたしの動きに関係して来るだけの情報は得なければならない。今、著名な人物の中にどれだけソレスタルビーイングに関与している人物がいるのか、それくらいは把握しておきたい。

 笑っている裏側で、あたしはそんなことを考えていた。最早あたしの考えの全ては実行部隊であるここを壊滅させることばかりだった。誰と話していても、何を話していても、ミッション中でも、ただそのためだけだった。馬鹿みたいだ、とふと思う時だってある。けれど、もうそれ以外あたしが生きている意味と言うのが見出せない。世界のために戦う、なんて正義みたいなことする資格はあたしにはないし、どれだけ逃れようとしてもあたしを暗闇へ陥れる一方だった世界のために何かしようだなんて思うはずがなかったのだ。

 けれど、ここのクルーはあたしを疑いもしない。本気で戦争根絶を願い、戦っていると信じてやまない。人を騙すことの、なんて簡単なことか。


「そうそう、今回地上に降りるのはあなただけじゃないのよ」
「え?」
「珍しくティエリアも行くって言ってるから、彼のことよろしくね」


 聞いてない。








* * * * *








「もっと喜ぶかと思ってたよ」
「地上ではちょっと用事があったんですよう」
「ティエリアにバレて困るような?」


 アレルヤ相手にそんなことを相談しても仕方がないのだが、正直、あたしは苛ついていた。目的を阻害する因子が出て来たら誰だってそうだろう。今のあたしは正にそんな感じで、クルーの中で一番利用しているとはいえ、今回ばかりは邪魔に思う以外できなかった。

 まさかそんなことを言える相手がここにいる訳はないのだが、休暇の連絡を受けたブリッジからの帰り、廊下で出会ったアレルヤはあたしの表情が暗いのに気付き声をかけられた訳だ。あたしがティエリアと休暇で地上に降りることは既に知れ渡っていたらしく、けれどそれを知ったあたしはこんな状態だと言うので、不思議に思ったのだろう。


「そりゃあ、誰だって知られちゃマズイことの一つや二つあるでしょう?…例えば元恋人に会いに行くとか」
「…それ、本気かい?」
「あははっ!嘘ですよ!アレルヤ、意外と冗談通じませんね」
「じゃあ今のティエリアに言っちゃだめだよ、本気にするから」
「あああ、でも言って裏拳喰らうのも悪くないなあ…」
「うん、絶対言わないでおこうね。迷惑かかるの僕らだから」


 「うわあ、アレルヤ結構言いますね!」と返して笑った。根本的な解決にはならずとも、こうやって誰かに遠まわしに話せば多少のストレス発散にはなる。時折鋭いアレルヤにも注意はしなければならないが、ロックオンほどあたしを疑ってはいないようだ。


「まあ、四六時中一緒にいる訳でもないし、いっか」
「そうだね。も楽しんで来るといいよ」
「そうしまーす」
「ただしくれぐれも変な気起こさないでね」
「大丈夫です、あたし、襲うより襲われむぐぐっ」
「いつ刹那やフェルトが現れるか分からないのにそういう発言も慎もうね」


 発言の途中であたしの口をしっかりと片手で覆って封じる。

 アレルヤは知らない。目の前にいるあたしが作られたものだと言うことを。こんな風に違う誰かを演じることはあたしの十八番だと言うことを。これで生きて来たことも、周りが思っている以上に汚い仕事ばかりして来たことも。そして、この艦にこの艦を落とそうとしている人間がいることも、誰も知らないのだ。
















(2009/11/7)