こういう完璧のように思える人物こそ、崩して行くのは簡単で、がらがらと崩れて行く様をみているとやりがいもある。悪女?そんな言葉はもう言われ飽きた。今のあたしはきっと、人間にすらなれない。











そして、ゆるぎなく。


〜疑いの眼差し〜











 伊達に裏社会で生きて来たわけではない。自分の人格を操ることだっていつからか会得した生きて行くための術だ。ティエリア・アーデに取り入ることは容易く、心を赦させることは容易く、面白いほど思い通りにことが運んで行った。あたしだけにかける言葉、あたしだけに見せる表情、あたしだけに触れる指先。時折嫉妬心を煽るように他の男性クルーと親しくしてみたり、あたしの仮面は完璧に近かった。

 今日もそう。ティエリア・アーデが他のマイスターと任務についての話をしている所へ乱入すると、鬱陶しがられるほどまとわりついているあたしに慣れた三人は、ほぼ呆れながらあたしたちの言い合いを眺めた。彼らはあたしたちを止めようとしなければ、口出しすることもない。


「…相変わらず仲良いね」
「えっへへへ、そう見えます?」
「そんな訳あるか!気分が悪い、失礼する!」


 アレルヤの一言でとうとう不機嫌最高潮に達したティエリア・アーデは、あたしをひと睨みして輪を抜けて行った。「あーあ…」と口を尖らせながらその背中を見送ると、刹那が「俺も戻る」などと言ってティエリア・アーデが消えた方向とは反対向かって進み出す。

 肝心な話は終わったらしく、アレルヤも去り、残ったのはあたしとロックオンだけ。ロックオンには逐一ティエリア・アーデと何があっただの、どうしただの話してはいるが、こういう良い人そうな人物こそかなり慎重で付け込みにくい。勘が鋭いこともあり、結構警戒しながら接している部分もある。ただ、この艦内で人間関係を築かないことには裏切ってもここへ大きなダメージを与えることはできないので、必要最低限以上のコミュニケーションはとっているつもりだ。


「…なあ
「はい?」
「お前、本当はティエリアのことどう思ってるんだ?」
「どうって、どういうことですか?見ての通りですよう」


 ほら、こんなことを言う。さすがマイスターの中でも最年長なだけある。まだ二十四歳とは言えど、時たま裏にいた人間たちと同じような空気を纏うことがある。堅気の人間が私設武装組織など物騒な場所にいる訳がないし、加えてあの射撃の腕。間違いなくと同じような仕事をしていた人間だろう。そう思うとますます彼には気が抜けない。


「別に言いたくないならいいけどな。少なくともティエリアはのこと一番信用してる」
「ヤですねー。アーデの一番はヴェーダですよ。まあもし二番でも“貴様なんか二番で十分だ”みたいなこと言われそうであたしどうしよう!」
「…あのなあ」


 やれやれといった風に頭を抱えるロックオン。そう、あたしのことなんて何も分からなくていい。あたしの企んでいることも、あたしの考えも、何も知らなくていい。誰も何も理解しなくていい。仮面を被った表面のあたしだけ見ていればいいのだ。どうせ、自分の過去など誰も話そうとせず、それでいて手離せもない、秘密だらけの組織なのだから。そんな所で信頼関係なんて築けるはずがない。ソレスタルビーイングなんて、あたしの手で無様に世界の底へ堕ちて行けばいい。


「トレミーに何もしないならいいけどな」
「え?」
「もし何か企んでいるなら、俺は今すぐにでもを撃てる」
「アーデにはいつも撃たれてるようなものですけど。主に乙女心を」
「真面目な話だ」


 やばいな。この人に今、腰から銃を抜かれれば勝てる可能性がない。あたしだって銃くらい常時携帯しているけれど、早撃ちは負ける。それに途中参加して来たあたしなんかより、ロックオンの証言の方が信用されるに決まっている。こんな所で死ぬわけにはいかない。なんとか上手く切り抜けなければ、ここでのあたしの地位が危うい。これ以上ロックオンに疑惑をかけられているのも動きにくくなってしまう。


「聞いたことがある。人格を自由に操って、世界各地で暗殺において成功を上げ続けたやつがいるってな」
「暗殺…」
「裏社会じゃ有名な話だ。銃の腕は最高だってのにそいつはまだ十代で、しかも女と来た」


 殺るか、殺られるか。

 じっと見つめ合ったまま、しかしあたしもロックオンも次の瞬間には銃を向け合っていた。なんとか後れは取らずに済んだが、あと少し躊躇っていれば一方的に向けられていたかも知れない。その可能性にひやりとする。

 ロックオンは鋭い眼光で自分より随分背の低いあたしに銃を向けている。女子供すら殺し慣れている眼だ。その手にも眼にも迷いはなく、揺れることがない。思ったとおり、ロックオンもスナイパーとして暗殺稼業をしていた人間だ。そう思うと笑えて来た。当時、思ったよりも狭い裏社会で鉢合わせすることもなかったのに、今こうして関係のない場所でかつての同業者と対峙している。


「ふ、あはははははっ!」
「やっぱりそうなんだな」
「だとしたら、何?あたしだって聞いたことありますよ。テロリストと同じようなことしてる癖に、テロリストを死ぬほど憎んでるスナイパーがいる、て。あたしたち、有名人じゃないですか」
「ああ、まさかこんな所で会うなんてな。最初は同姓同名なだけかと思いきや、本人か」
「さあ?師匠から名前引き継ぐことだってありますし、面白半分に名乗る輩もいますよ」


 どう切り替えよう。どこで切り替えよう。考えろ、考えるんだ。まだここに来て間もないというのに、計画が露呈してしまってはせっかくのチャンスが無駄になってしまう。しかも同じ暗殺屋に殺されるなど、の名が泣くではないか。


「何を企んでる?」
「何って、ソレスタルビーイングは戦争根絶を謳ってますけど」
は何を考えてると言ってるんだ」
「戦争根絶を」


 しかし、ロックオンの銃を握る手には益々力が込められるばかり。今にでもあたしの頭蓋を貫きそうだ。ここは一旦引くしかない。

 あたしは銃を下ろし、再び腰に戻した。それを見てロックオンは怪訝そうな表情をする。撃つなら今だというのに、なんだ、この人も結構お人好しな部分があるらしい。これが現場なら、危険因子は気付いた時点で排除だというのに。それともまだあたしが容疑者で留まっているから撃てないだけだろうか。あたしの企み全てを聞きだすまで殺さないつもりなのか。それなら都合がいい。まだ仮面を被り続ける余地はある。

 あたしはまだ銃を向けられながら、ロックオンに背中を向けた。


「あたしみたいな戦災孤児、これ以上増やしたいと思います?家族どころか頼れる友人も誰もいず、泥沼に足を突っ込むしかなかったあたしみたいな子ども、増やしたいと思いますか?」
「…………」
「そうですね…あのドブネズミだらけの場所にずっといたなら、或いは腹いせに考えたかも知れませんけど」
「今は違うって言うのか?」
「ここは優しい人が多いですから。全ての子どもは幸せを知るべきです。痛みが快感だなんて、馬鹿な人間になっちゃいけないんです。あたしみたいになっちゃいけないんですよ」


 そう言うと、ロックオンも銃をしまった。すると、あたしに近付いて後ろから「悪かったな」と言ってくしゃりと頭を撫で、そのままあたしを通り過ぎて行く。あたしはまた小さくなって行くその背中を見つめながら、笑いを押し殺していた。本当に容易い。彼が自分自身を堕としてまで復讐したかった理由は、おそらく仇討ちだ。誰の仇か知らないが、善良だった人間、しかもああ言った根はいい人間ほど思わぬ所でボロが出る。ロックオン・ストラトス、彼の失敗は背を見せたあたしを撃たずに生かしたことだ。


 自然と唇が三日月に歪んだが、それがあたしと彼のどちらを嘲ってなのかはよく分からない。
















(2009/8/22)