じわりじわりと広がるこの気持ちを何と呼ぼう。温かいような、痛いような、ぎゅうっと胸をやわらかく締めつけるこの気持ちを、何と呼ぼう。ようやくこの手に戻って来たものを、このひとを、どんな風に抱え、抱き締めよう。けれど考えるよりも身体の方が早く動く。思うがままにアーデに駆け寄り、力いっぱい抱き締める。そこには、一年前と何ら変わらないアーデがいた。ただ少し変わったのは、顔つきくらいで。 「君は馬鹿だ、本当にどうしようもない馬鹿だな」 あたしに対するそんな言葉も変わらない。そのことにどれだけ安心したか、きっとアーデは想像もできないだろうと思う。あたしは変わってしまったから。どうしようもなく馬鹿なのは変わらないけれど、一番大切なものも、一番守りたいものも、一番成し遂げたいことも、何もかも変ってしまったから。だから、それでも変わらず飛び込むあたしを力強く受け止めてくれるアーデがいてくれることに、あたしは何よりも感謝をした。 「知ってる…知ってるよ、そんなこと」 「知っててそう振る舞う所も馬鹿だ」 「ば…っ、馬鹿馬鹿言いすぎ!それしか言えないわけ!」 「そんなはずがないだろう」 嬉しいからか、腹が立つからか、じわりと目元が熱くなる。「馬鹿はアーデだ!」と叫んで睨めば、口の端を持ち上げて不敵に笑った。そんなほんの少しの表情すら微塵の変わりもなくて、一年前に戻ったかのような錯覚に襲われた。ここは街の外れの診療所ではなくトレミーの中で、こうして言い合っていればその内どこからかロックオンとアレルヤがやって来て、あとから刹那が現れて、クリスやスメラギさんには呆れられて―――そんな、もう戻らない一年前の日常というものを錯覚した。 そんなことあるはずがない。あたしの前にいるのはあの頃の迷いを捨てたアーデで、後ろには穏やかに笑う先生がいて、地上でしか感じられない緑を孕んだ風が吹き抜けて行く。この一年間、埋められなかった虚を埋められるのはアーデだけのはずなのに、なぜか感じるのは幸せではなくて、もっともっと痛みを伴うもの。息もできないほどにきつくこの胸に刺さる気持ちは、嬉しいとか、幸せとか、そんな単純な言葉で片付けられるようなものではないのだ。 「ネリー、君が好きだ」 けれど、ずっと欲しいと思っていた言葉をくれるから、それでも良いと思う。苦しくても良いと思う。この先、幸せばかりでなくても、死と背中合わせでも、それでも良いと思う。アーデがいるのならどんな瞬間もあたしの望んだ日常となるのだ。 いつか、アーデはあたしが戦うことができなくても良いと言ってくれた。あたしが大切なことに変わりはないと言ってくれた。あの時のアーデの気持ちが今のあたしなら分かる。例えば、アーデが声を失くそうと、彩を失くそうと、記憶を失くそうと、あたしがアーデを大切なことに変わりはないのと同じこと。どんなアーデでも、あたしにはアーデが必要なのだ。それと同じだけの大きさで彼もあたしを大切なのだと、必要なのだと言ってくれている。 「どこにいても、どんな姿になっていても、きっと見つけ出せると信じていた」 「アーデ……っ」 「たとえどれだけ時間がかかっても」 うれしい、と掠れた声が零れる。ぼたぼたと大粒の涙をみっともなく流し、ぐしゃぐしゃの顔で答える。うれしい。そんな単純なものではないはずなのに、言葉にすればそれしか出て来ない。嬉しいのだと、心まで泣いた。 「また会いたいって、ずっと、願ってたよ」 ようやくそれだけの言葉を吐き出すと、アーデは優しく涙を拭ってくれた。そして一年ぶりに口接けをかわす。もう二度と来ないだろうと諦め、夢を見ることすらしなくなっていた景色が、今ここにある。瞼を開ければそこにはアーデがいて、その手のひらで頬を包んでくれる。恥ずかしいと、擽ったいと身を捩るようなことはもうしない。 唇を離して目と目が合うと、あたしとティエリアは少し笑った。 |