この世には三つ、奇跡があるのだという。一つは誕生、一つは運命的な出会い、そして愛し合えること。だとすればあたしは、十代にして既にこの世の奇跡全てを体験したのだ。この世に生まれて、ティエリア・アーデに出会って、ティエリア・アーデと愛し合う。言われてみればそうだ。あたしがもし戦災孤児でなかったら裏社会には足を踏み入れなかっただろうけど、ひいてはソレスタルビーイングには入らなかったことにもなる。そうすればティエリア・アーデと出会うことなんてなかったのだから。 『何を考えていた、』 「んー…生まれてからこれまでのこと」 『生まれてから?』 「小さい時のことなんておぼろげだけど、生まれて良かったなって」 生まれなければティエリア・アーデと出会えなかった。愛し合うことだって。何もそれはティエリア・アーデに限ったことではないけれど、私をここまであたしを大きく変えたのは間違いなく目の前にいるこの人。先生はきっかけをくれた人だったのだ。 戦災孤児だったあたしは裏社会の人間に拾われて、裏社会で育って、見事に歪んだ性格に育った。一人前なのは人を殺す術だけ。三つ子の魂なんとやら、とあるように、きつく歪んでしまった部分はもう戻らない。疑心暗鬼も、根付いた暗殺屋の性も、もう消すことはできないのだ。それでも諦めずに修正しようと関わってくれた先生、歪んだ部分も含めて丸ごと受け入れてくれたアーデ、互いに素性も知れないのに信頼をくれたトレミーのみんな。最初は戦争根絶のために死ぬなんて馬鹿げていると思った。そんなことあってたまるかと。どうせなら最後にソレスタルビーイングを裏切って死んでやりたいと思っていた。それなのに今、死が惜しいなんてどういうことだろう。 「アーデはどう?生まれて良かった?」 『…と出会えたからな』 「あたしもそう思う。だからね、ねぇアーデ…」 もっと生きたかった。もっと傍で生きたかった。平和になった世界を見届けて、このひとと二人、質素でも貧乏でも良い、穏やかに過ごしたいだなんて願うようになった。ソレスタルビーイングとしての役目を終えて、離れ離れになるのは、別々に生きて行くのは嫌だった。元から住む世界が違おうと、ティエリア・アーデが何を隠していようと、そんなの構わない。ほんの少しの間だけれど、彼と過ごして彼じゃなければいけないと思うようになった。自分を大事にしたいと思えるようになってからは尚、彼を特別に思う気持ちが膨らんで行った。 まだ、何もかも始まったばかりだったのに、もう終わらないといけないのか。これが私たちに課せられた罰なのか。関係のない人々を巻き込み、悲しみと絶望、そして怒りに突き落とした、その代償だというのか。それに抗う資格などもう持っていないのかも知れない。穏やかに過ごしたいなどと願うこと自体が罪なのかも知れない。それでも願わずにはいられない。 それならいっそ、こんな気持ちを知らなければ良かったのに。先生の教えてくれた三つの奇跡なんて、起こらなくて良かったのに。 「生きて」 『、』 「生きてね、きっと。生きて幸せになって、どれだけ時間がかかっても」 『駄目だ、、やめろ、』 「好きだよ、ティエリア」 真っ逆さまに落ちて行く。ああ、でもなぜだろう、何も怖くない。本当の願いは何一つ叶えられていないのに、こんなにも心は穏やかだ。心残りだらけのはずなのに、しがみ付こうとも思わない。これで終わりだ、そう思えばもうただ目を閉じるだけだった。大丈夫、アーデは強いから、強くなれるから、きっと生きていける。あたしがいなくてもきっと大丈夫だ。 ディスプレイが真っ黒になる直前、太陽炉を切り離すことだけはできた。力の入らない指先で、それだけは確かに実行したのだ。これで、あたしが消えてしまっても、誰かが受け継いでくれる。マイスターはあたしだけじゃない。ロックオンやあたしたちの遺志を受け継いでくれる人は間違いなく現れてくれるはずだ。刹那もいる、アレルヤもいる、アーデもいる。…そこで、ようやくふと気付いた。知らぬ間にあたしはこんなにも他人を信用できる人間になれていたのだと。こんな時になって気付くなんて、本当に馬鹿だ。救いようのない馬鹿だ。 そんな馬鹿なあたしを好きだと言ってくれたアーデ。あなたがいたから、あたしでいられた。だから最後まであたしのままで終わらせて下さい。 「ありがとう」 |