もっと冷たく囁いて!


〜ドMは鈍感〜










「せっちゃんせっちゃんせっちゃーん!!」
「刹那……だ…っ!?」


 地上滞在中ということで、バタバタと全速力で走りながらは刹那に飛び付いた。当然、飛び付かれた刹那は後ろへとごと倒れる。その瞬間、ごちんと派手な音を立てて額と額がぶつかった。どうもは石頭らしく、刹那の方は被害が甚大だ。しかしはというと、「なんか前にもこんなことがあった気が…」とかなんとか呟きながら軽く額をさするだけ。そして「そうだ!」と何かを閃いたようにがばりと半身を起こすと、刹那に馬乗りになりながら必死の形相で叫んだ。


「改めましてあたしを匿って下さい刹那!」
「ガンダムだ!…じゃない、合っている」
「うん?ガンダムの方が良い?」
「い、いや、名前でいい」
「そ?」


 気のある相手に乗っかられて、更には至近距離で話されている刹那の気など知らないで、は焦りながら話を続けた。

 どうやらまたとティエリアの間でトラブルがあったらしく、ティエリアを撒くのに逃げ回っているという。今度は何をしたのかと思えば、余りにもティエリアがパソコンの相手ばかりしていると言うので、耐え兼ねたがこっそりパソコンのパスワードを変えてしまったらしいのだ。

 ここまでならまだいつもどおりで済むだろう。しかし二重三重に手を打つのがである。そのパソコンの新しいパスワードは音声認識システムによる入力へと書き換えられており、しかもの好きなところを三つ言え、というものに設定していた。しかも再度システム変更をしようと思うとパスワード入力を経てパソコンへアクセスしないといけないとのことで、これにはさすがのティエリアも激怒し、実弾装填済みの銃を手にトレミー内で命懸けの鬼ごっこをしていたというわけである。

 しかし真に驚くべきはのパソコン技術ではないだろうか。トレミーに来たばかりの頃はろくにパソコンも扱えず、よくその扱いについてティエリアに叱られていたものだ。この短期間の彼女の進歩は目覚ましいものだが、それもティエリアに認められるためと寝ずの努力をしていたことを知っている刹那としては、いろいろと複雑な心境だ。


「…それで、ティエリア・アーデは今どこにいるんだ」
「分からない…大量のハロを転がしてティエリアが転んでいる間に逃げて来た…」


 もう何からつっこめばいいのかも分からない。しかもそれではティエリアの怒りは増幅すること必至ではないか。けれど目を潤ませながら訴えて来るを突き放すこともできず、刹那は「分かった、分かったから退いてくれ」と、益々詰め寄るの肩を押し返した。今更気付いたとでもいうように「ああ!」と言ってそそくさと退く。全く何て心臓に悪いやつなんだ、と拍動の速まっている心臓を押さえた。

 こうして刹那がを思っていることも知らずに、ロックオンが留守の際の二人の痴話喧嘩の駆け込み寺になっているのだから刹那もいろいろと思う所はある。だがそれを口にすることなどできる訳がない。結局刹那も彼女の望むがままに振り回されている状態になっている。

 それだけならまだいい。厄介なのはその先だ。が刹那を頼りにすればするほどティエリアからの風当たりは当然冷たくなる。刹那への当たりというのは、ロックオンやアレルヤに対するそれとは比べ物にならない。恐らくティエリアも刹那がに気があることに気付いているのだろう。


、そこまでしてなぜティエリア・アーデにこだわる」
「面白いでしょ?あの人」
「いや、別に…」


 面白い訳があるか、とは言えない。もごもごと曖昧に答えると、「ああ、そっか!」とは手を合わせて嬉々として言った。


「刹那もアーデと仲良くなりたいんだ!」
「は…?」
「あたしばっか構っちゃっててごめんねっ!またアーデにも言っておくから心配しなくていいよ!うん、やっぱりみんな仲良しがいいよね!」
「…………」


 「ハロもそう言ってたもんねー」といつの間にかその手に持っていたハロに話しかける。やはりどこをどうつっこめば良いのか分からない。そして自分もなぜ目の前の人間に気があるのかも分からない。少し自分の神経を疑ってしまいそうになる。ティエリアにしてもそうだ、普通彼なら面倒で鬱陶しい人間は何か言って来ても無視をするだろう。それなのに過剰なまでにに反撃を食らわせに行っていると言うことは、ティエリアも満更ではないのだろう。

 彼女が幸せそうならそれはそれで良いのだが、それはそれ、やはり自分のことで悩んでもらいたいと言う気持ちもある。それまではの髪は刹那が染めてやっていたけれど、最近はめっきりティエリアにその役目を奪取されてしまった。全くティエリアは、こういう所があるので好きなのか嫌いなのか分からない。


「せっちゃん?どうしたの?」
「ああ、いや、別に…」
「ああそうだ、前に地上ミッションだった時に買って来たまま渡し損ねてたんだけどね…」


 ごそごそとスカートのポケットを探ると、青と朱のバラを樹脂で固めた置きものが出て来た。手のひらに乗るサイズの小さなそれを、刹那の手を取ってぎゅっと握らせる。そして刹那の顔を見てにこっと笑った。


「皆には内緒だよ!せっちゃんにはいつも髪染めてもらってるし、最初にここに連れて来てくれたのもせっちゃんだもんね」
「ああ」
「やっぱり髪はせっちゃんに染めてもらおうかなあ。アーデが染めるとなかなかバイオレンスで…」
「そうなのか」
「そうなんだよー。あ、ちなみにね、その青いバラが入ってるのは最後の一個だったんだよ。せっちゃんの色に合わせてみました」


 えへへ、と嬉しそうに笑う。

 別に髪なんてこんなものがなくてもいくらでも染めるし、最初にを連れて来たのだってなんてことない、ここへ帰って来るついでだったのだから。いや、こんなもの、と言っても彼女が自分のためにと選んでくれたのだから当然大切なものだ。けれど何かをもらうためにしていた訳ではない。刹那もできればクルーにだって極力無駄な接触はせず過ごしたいのだ。けれどだけは自分から近付いて行きたいと思った初めての相手なのだ。それを彼女が分かっているはずもないから諦めた方が賢明なのだろう。

 けれど、こういう瞬間があるからたまらなくなる。人当たりが良いから誰にでも平等に接するし、誰にでも話し掛けに行く。自分もその内の一人なのだろう。多分、にとっての特別は悲しいことにティエリア・アーデなのだ。


「…大切にする」
「うん!」


 彼女にはそうやって笑っていて欲しいから、ティエリア・アーデと争うつもりはない。自分がをどう思っているかを告げる気もない。だけど、こうして親しげに話せる同年代の特権だけは絶対に譲ってやらないと強く思った。樹脂に固められたバラのもう片方は、彼女の色なのではないだろうかと推測しながら。
















(2010/3/27)

(おっ刹那、何持ってんだ?バラか?)
(ああ)
(青のバラ…「奇跡」とか「夢が叶う」だな)
(何だそれは)
(花言葉だよ)
(…じゃあ朱はなんだ)
(いや、さすがにそこまでは…)

愛情、ですよ!刹那さん!
でも多分そこまで考えて選んではいないのが彼女。