※年齢制限のかかるような性的描写は皆無ですが、二人でお風呂入ってるという話なので、苦手な方はご注意下さい。
















































「アーデ!一緒にお風呂入ろう!」
「………………」
「うわあ、今すっごく嫌そうな顔したね!」
「訳が分からない」
「せっかくの地上なんだもん。お風呂入ろうよー。入浴剤使って、お風呂入ろうよー」
「あんなの炭酸ガスで湯を濁しているだけだろう」
「身も蓋もないなあ」
「だったら一人で入るんだな」
「嫌だ!アーデと一緒がいい!ほらほらー!」











もっと冷たく囁いて!


〜ドMは入浴中〜











 嫌がるアーデを引っ張って、むりやりお風呂に連れ込むことに成功した。何がそんなに嫌なのか、入ってからこっちずっと不機嫌そうにしている(多分、普通ならアーデが誘って私が嫌がるはずなんだけどなあ)。しかもせっかく向い合わせにバスタブに浸かっているのに、目を合わせるどころかずっとそっぽ向いてしまっている。

 トレミーでは節水第一でゆっくりお風呂なんて入れない。せっかく地上に降りているのだからゆっくり湯船にでも浸かって心身共に休養をとりなさい、というのが我らが戦術予報士からの指令の一つでもあった。

 だからアーデにも日頃の疲れやストレスを取り除いてもらいたいと思って、こうしてお風呂に誘った訳だけれど、思いのほか逆効果みたいだ。これではクリスにもらった入浴剤のリラックス効果も期待できそうにない。


「ねーえー」
「………………」
「ねーーーえーーー」
「………………なんだ」
「入浴剤どう?いい香りでしょー?」


 ピンクがかった白いお湯(いちごミルクみたいだ)からはふわりと柔らかい香りがする。以前「色のついたお風呂に入りたい」と言った所、みんなが地上に降りる度に入浴剤を買って来てくれていた。そうして溜まりに溜まった入浴剤たちをようやく使う日が訪れたというわけだ。今日使っているのはクリスからのお土産で、花桃とかいう植物の香りらしい。「花桃って何」とアーデに聞くと「木だ」と即答された。木なのにこんなピンク色をしているなんて不思議な話だが、名前に桃とつくくらいだから、あの食べ物の桃でもなるのだろうか。

 白濁のお湯のおかげで、わざわざタオルを使わなくてもお互いの身体は見えない。それでもあたしは縮こまってバスタブの中で体育座りをしていたのだけれど、少々足が疲れて来たのでそろそろと足を伸ばすと、アーデの足とぶつかった。なんだ、遠慮なく足伸ばしてんじゃん。

 それでもやはりアーデは全然こっちを見てくれない。よほど機嫌が悪いと見える。せっかく二人で初入浴なのにこれではつまらない。あたしは閃いて、今度は故意にアーデの足をつついてやった(わわわ、アーデの顔にイラっとマークが見えるようだ!)。

 それでも何か反応をくれるまでしつこく繰り返していると、勢いよく蹴り返されてしまった。その衝撃であたしの顔面にはお湯がかかる。酷いや。まあそんなアーデも好きですが。


「うあああ…目ぇ開けられないよう…」
「貴様は子どもか」
「アーデ!タオル!タオル…!」


 目をぎゅっと瞑ったままタオルを求めて手が空中を彷徨う。あっ今すごく大きな溜め息ついたな。お湯をぶっかけたのはアーデなのに!(それにしても最近またいじめのバリエーション増えたなあ…ふへへ…)

 けれどこれじゃあ肝心のアーデを拝見できない。一度覗いたことを申告して以来、シャワー中はアーデの部屋を中から超厳重ロックされてしまったのだ(今や恋人同士だというのに!)。必死にロックを解除しようと何度も試みたが、今度は手強く未だ突破することができない。これまでで最長の攻防戦となっている。

 それにしてもなかなかタオルを渡してくれない。もう一度「タオルー…」と弱弱しく言うと、渡してくれるどころかまたお湯をかけられた(うわあ、鼻と口に入る所だったよ!)(というかお湯をかけるなら何か言葉も一緒にかけて!)。


「う゛う゛ー…」
「ふん、自業自得だ。日頃の行いの悪さを少しは反省しろ」
「でもお風呂いい香りでしょ?リラクセーションには最適でしょ?」
「貴様さえいなければな」
「やだーいけずぅー」


 その瞬間、またお湯をかけられる。今度こそお湯が鼻に入ったらしく、鼻の奥がつーんとしてものすごく痛い。ああ、今頃アーデは目の前で満足そうな、かつあたしを馬鹿にしたような笑みを浮かべて鼻を鳴らしているだろうに、見れないなんて悔しい!想像するだけでどきどきしちゃうけど、やっぱり実際この目で見たいじゃない、冷たい視線。ふへへ…。


「何を考えている。気色が悪い」
「大方想像通りかと…って、うわわわわ!」
「動くな。拭いてやる」


 いきなり半ば乱暴にがしっと頭を掴まれたかと思うと、(やっと)タオルで目元を拭ってくれた。目をゆっくり開けると、すぐ目の前にアーデがいた。

 その光景に、思わず息が止まる。ぽちゃん、と蛇口から水の滴り落ちる音以外、何も聞こえない。静寂だ。濡れて首や顔に張り付くのを厭って、珍しく髪を上げていることもあり、いつもと雰囲気の違うアーデにドキドキする(いつものドキドキとはなんだか違う)。真っ赤な瞳と視線がぶつかって、たちまちあたしの顔は上気するのに、離れるどころかどんどん近付く端整な顔。そして白い腕が伸びて来て、あたしの顎をとらえた。くいっと上を向かされ、あと数センチで唇が触れる――ゆっくりと目を閉じたその時。

 ピピピピピピピピ!

 けたたましい機械音がバスルームに響く。しまった、あたしの端末だ。弾かれたように目を開けると、あたしはアーデを押し返して後ろに置いててある端末に手を伸ばした。


「はい!こちら!」
『あっごめん!入浴中だった?』
「うん!大丈夫大丈夫!何かなクリスティナ・シエラさん!」
『…、何か変だよ?』
「変じゃない変じゃない!」
『そう?私も特に用事がある訳じゃ……って、あー!!ティエリアとお風呂入ってるー!!』
「クリス!」
「クリスティナ・シエラ!」


 同じタイミングでばしゃんとバスタブから立ち上がる。クリスの後ろからは「なんだって!?」「どういうことですか!」などというロックオンとリヒティの素っ頓狂な声まで聞こえた。するとクリスは早口で「ごめん本当にごめんゆっくり楽しんでね!」と言うと(よく回る舌だなあ)、一方的に通信を切った。一体何をしたかったのだろうか。

 あたしも端末を閉じて再び後ろ戻し、「ごめんね!ごめんね!」と言いながら振り返る。思ったとおり、またアーデはものすごく不機嫌になっていた。大層ご立腹そうな顔をして立っている。「ごめん!ごめんなさい!」と何度も謝りながら一人でわたわたしていると、また両手が伸びてあたしの頬を掴み、左右にぐいーっと引っ張られた。いいいい痛いですアーデさん、遠慮も手加減もなしですか。このまま伸びて元に戻らないんじゃないかというほど引っ張られた後、ようやく解放してくれた。


「うう…痛い…嬉しい…」
「…どっちだ」
「うーん…嬉しい、かな?」
「君は本当に馬鹿だな」


 はあ、とため息をつきながら、アーデが小さく笑う。その、綺麗なことと言ったら!


「なっなななななな!」
「ちゃんと喋れ」
「ああああアーデがわら、わら、」
「藁?」
「ち、ちがくて…!ふああああ、どうしよう!アーデ!あたし、アーデが好きかも知れない!」


 林檎のように真っ赤になる顔を抑えながら、そう告白する。すると、水面が揺れてアーデがあたしに近付く。顔を覆っている手をゆっくりほどいて、額に唇を落とした。一瞬で離れたけれど、アーデの右手は以前あたしの頬を包んだまま。そして抱き寄せられたかと思うと、耳元に低い声が響く。


「知っている」


 それほど熱いお湯に浸かっている訳じゃないのに、あたしはもうのぼせているくらい頭がくらくらした。
















(2009/8/21)

(それより、なぜいつまで経っても名前で呼ばないんだ)
(いやあ、なんか照れちゃって…)
(そっちがその気なら俺にも考えがある)
(へ?って、ぶっ!!)
(自業自得だ)
(た、たおる…たおるを…)
(なら、ちゃんと頼んでみろ)
(タオル下さい、え、え、あ、う、うー……ティエリア…)
(…まあいい)