もっと冷たく囁いて!


〜ドMは確信犯〜










 地上の基地で待機中、そこにはとティエリアしかいなかった。は当然こんなおいしいシチュエーションはあともう十年はないと上機嫌で、ティエリアは言わずもがなこんな指示を出したスメラギを恨んだ。

 は今、格納庫で自分の機体を調整している。どこぞかの装甲に傷がついたとかで、ハロを連れて機体によじ登っていた。ハロに任せればいいものの、自分でやると言って聞かない。あれはあれで機体を大切に思っているらしく、刹那と機体談義を楽しんでいる場面にも何度か遭遇したことがある。

 それはいいとして、やはり私服でガンダムに登っているのは頂けない。足を踏み外したら、と思うとさすがにティエリアもひやりとする。もし怪我でもされたらミッションに支障を来すことになる。だからこうやってを見張っているのも、飽くまで任務が控えているからだ。


「うううーん」
「どうした」
「くそーう、フラッグめ…あたしの可愛い機体に傷なんか付けやがって!」
「それは貴様の技術の問題だ」
「ああんもっと叱って!」
「黙れ変態。口より手を動かせ。俺は早く戻りたい」


 へらっと笑って振り返りながら「はいはい」と返事をする。その頭の周りには完全に花が飛んでいる。

 はハロから何かを受け取ると、それを盾の部分に丁寧に張り付けた。「どう?」とハロに向かって言えば、「カワイイ!カワイイ!」と目をチカチカさせる。一体何をしたんだと不審に思い、がそこから離れるのを待った。すると傷の付いたらしい部分には、なんと花の形をしたシールが貼られている。何を考えているんだこの女は。


「よーし、終わっ」
「剥がせ」
「なんで!可愛いじゃない!」
「ふざけるな」
「あたしのメットに貼ってるのとお揃いなんだよ!ミッションには支障ないもの!」
「それがなくても障りはない」
「むー。宇宙に戻るまでの応急処置だってばー」


 口を尖らせて抗議する。飽くまで剥がす気のないに、暫く言い合った後、とうとうティエリアが引いた。大袈裟に溜め息をつくと、何も言わずに背中を向ける。それを見たは焦って機体から降りようとした。

 けれどここは地球、つまり重力下だ。足を滑らせれば下に真っ逆さま。それを憂慮してティエリアは最初は止めたのに、ベタなことにあと少しという所で足を踏み外してしまった。

 「わあっ!」という叫び声に驚いたティエリアが振り返れば、落下して来るの体。分かっていて飛び降りたならそれなりに着地できるが、いきなり落ちるとなれば誰だって頭は真っ白になる。は床にぶつかること覚悟でぎゅっと目を瞑った。


!」


 叫ぶと同時にが落ちて来るであろう地点にまで走る。重力に引かれる体がスローモーションで見えた。手を伸ばすけれど届かない、そう思ったが。


「…っ本当に、貴様は…!」
「うああああ、ごめんアーデ!」


 ギリギリで間に合った。そのせいで今、ティエリアはの下敷きだ。いくらが小柄でも、ティエリアもまたアレルヤやロックオンほどしっかりしている訳ではない。更に落ちて来たものを受け止めるなど、普段の何倍もの重さに感じる。肺やら腹部やらを圧迫されたティエリアは暫く咳き込んだ。

 ティエリアが受け止めたお陰でに怪我は何もなかったようだが、勢いで倒れこんでしまい、ティエリアの方が床で頭を打った。しかもと額をぶつけ、ティエリアの額は赤くなっている。は半身を起してうろたえる。ティエリアに馬乗りになったままわたわたしていると、ティエリアはだるそうに口を開いた。


「なぜ君が、ガンダムマイスターに選ばれたのか、本当に分からない」
「え?ヴェーダが気に入っちゃったんじゃない?」
「………」
「あっすいませんどっから出したか分からないけれど出した時からセーフティ外れてるのはやめて下さい」
「突っ込みが長い」
「ふへへ、マシンガントークなもんで」


 両手を上げたの額から銃を離す。それでもこんな時までいつも通りな彼女に、もう呆れるしかない。


「じゃあソレスタルビーイングの創設者は誰か言ってみろ」
「イオリア・ニュルンベルグ」
「それはドイツの都市だ」
「あれ。じゃあハプスブルグだっけ」
「それは中世ヨーロッパで栄えた一族だろう」


 えへーやっぱあたし馬鹿だあー。

 いつまでも自分に乗っかっているの腹に膝で蹴りを入れてやった。「う゛っ!」と呻いてのたうち回り、暫くすると涙目で女の子に何をする云々言って来たが、残念ながらを女として見るのは至極困難なことだ。

 まだ起き上がるのもだるく仰向けのまま寝そべっていると、も隣にごろんと寝転がった。そしてティエリアの方を向いて、赤い額に手を伸ばす。


「…ごめん」
「は?」
「痛いよね?」
「当たり前だ」


 何を今更。の手を振り払ってゆっくりと体を起こす。衝撃で外れて飛んで行った眼鏡は幸い壊れておらず、手の届く範囲に落ちていた。それを掛け直して黙ったの方を見ると、まだ寝ころんだままティエリアを見上げていた。長いまつげに縁取られた丸い瞳と視線が合う。何とも言い難い複雑な表情をしているに、今度はティエリアの方から声をかけた。


「君こそ痛いだろう」


 同じように赤くなった額に手を当てると、僅かに熱を持ち始めている。ああそうか、彼女も同じように痛いのか、と妙にセンチメンタルな面持ちの理由を自己完結した。

 んー、と唸るような声を出した後、じっとティエリアを見つめたまま、また喋らなくなってしまった。気まずくなって彼女の額から手を離すが、行き場がなくて少し彷徨った後、ぐしゃぐしゃになった髪を直すに至った。その間もずっとはティエリアを見つめる。目をそらしても、それでも何も言わずに見つめた。いい加減イライラして来て何か言ってやろうと思うと、今度はそれを遮るようにが口を開く。ことごとく人の邪魔をするのが好きな女だ。


「痛い」
「は?」
「起こして、アーデ」
「何をふざけたこと…」


 言うより先に、ティエリアに向かって両手を伸ばす。はあ、とまたため息をつくと、ティエリアは立ち上がっての前に回り、彼女を抱き起した。そのまま立ち上がったのだが、今度は離してくれない。むしろ一層、背中に回った手がぎゅうぎゅうと締め付けて来る。


、離せ」
「やーだ」
「離せ」
「もうちょい。充電中」
「何のだ」
「あああ、アーデって女の子よりいい匂いがするー」
「変態が」
「ふへへ、分かってる。じゃなきゃシャワー中のティエリア覗いたりしないよー」


 その一言で勢いよくを突き飛ばす。


「覗いただと…?」
「ふへへー」
「貴様…っ!何の嫌がらせだ!」
「やだなあ、いつも言ってんじゃん!アーデ愛してるって!だからこれは愛ゆえの、」
「黙れ!な、何が楽しくて女に…しかも貴様に覗かれなければならない!」
「いやあ、おいしく頂きました。気付かないんだもんなあー」
「少しでも心配した俺が馬鹿だった!必要時以外はもう近付くな!」
「えええーこれから三日間寝食を共にする仲じゃなーい」
「俺にそのつもりはない!」
「あたしにそのつもりはある!」
「いいから近付くな気色が悪い!」
「あっ今のもう一回!録音し忘れた!」
「言うか!」


 携帯を取り出そうとするの腰を渾身の思いで蹴ると、今度こそ振り返らずにティエリアは格納庫を出た。

 けれど本当の地獄はまだ始まったばかりだった。
















(2009/4/1)

(スメラギさん!あたし、幸せすぎる!)
(それは、よかったわ…)
(はー、アーデってば下から見ても上から見ても綺麗ですよねー)
(ちょっと!?あなた何したの!?)
(いざという時は意外と優しいんですよねー。(ぶつけた額は)痛くないかって聞いてくれたり、まあ後でちょっと腰(を蹴られて)痛めちゃったんですけど)
…!?)


このCB、絶対武力介入してない。