朝起きると、頭がとてつもなくガンガンした。そしてどうも昨晩、途中からの記憶がない。服が昨日のままということは、どうやらシャワーを浴びてないらしい。もしかして急に熱でも出たのだろうか。それならこの頭痛も納得が行く。今はもう熱もないようなのでシャワーをとりあえずシャワーを浴びることにした。頭痛薬を飲むのはそれからだ。 そうしてさっとシャワーを終えて脱衣所から出て来ると、キッチンの方から何やら音がした。それと共にふわりと食事の香りも漂って来る。リジェネが帰って来たのだろうか。いや、でもこれまで料理など一度だって手伝ってくれたことはない。少々恐る恐る覗いてみると、そこにあったのはリジェネではなくの姿。いや待て、けれど自分はに料理を教えた覚えがない。リジェネが教えたという話も聞いていない。見た目こそ中学校に上がったくらいでも、知識の点では小学校入るか入らないかくらいなのだ。いつも遠目から見ていただけなのに、急にこんなにも料理ができるはずがないのだ。一体これはどういうことなのだろうか。まさかとは思うが、そんなにも長期間眠っていた訳ではあるまい。携帯を取り出して日付を確認してみるが、もちろん一日しか経っていない。 「?」 声をかけてみると、びくりと小さい体が震えた。しかし振り返ろうとはしない。不審に思って近付こうとすると、玄関の鍵が開き、続いてドアの開く音がした。どうせリジェネだろう。昨日は仕事は休みだと言っていたのに、結局夜中に出掛けたのだろうか。 ここでもまた違和感だ。いつもなら玄関まで走ってリジェネを出迎えに行くのに、今日は動こうとしない。料理中だから、というのなら分かるが、「おかえりなさい」の一言さえない。 「二人とも寝てるのー?って、も起きてるじゃないか。ただいま」 「あ、ああ」 「ティエリアは何やってるの?突っ立って」 「いや…」 するとの異変に気付いたらしいリジェネは、持っていた鞄を床においてに近付いて後ろからがばっと抱きついた。 「リジェネ!今、火、使ってるのに…!」 「んー?IHだから大丈夫じゃない?それより、おかえりなさいもないなんて、反抗期?」 「それは違…っ」 「へー、今日はが作ってくれてるんだ」 「偶然、早くに目が、覚めたから!」 リジェネの腕の中でじたばたと暴れる。そんなの頬に「偉い偉い」と口付ける。その途端、は耳まで真っ赤になりながらもすっかり大人しくなった。いつもならますます抵抗するというのに、やはり今日はなんだかおかしい。 まるでティエリアなどいないかのような雰囲気の二人に、次第にイライラして来た。その後も少し二人は話を続けていたが、何を話しているのかまではもう耳に入って来なかった。 * * * * * 「ごちそうさま。おいしかったよ、」 「う、うん」 食事中もはおかしかった。いつもはティエリアの正面にが座り、その隣にリジェネが座る、それが食卓の各々の定位置だ。だが今日はリジェネとが反対だった。また、はティエリアをちらりとも見ようとせず、どこか気まずそうにそわそわしている。それでもってあからさまに避けているようだった。 気まずいのは自分の方だ。そう思うとまたイライラして来た。こんな避けられ方をするようなことは何もしていない。昨日の朝はクリスティナたちと出掛けるのだって普通に見送ったし、もし避けている理由がなりに怒っていることの表現だったとしても、「卵が切れてるからついでに買って来い」などと使った訳でもない。何が原因か皆目見当もつかない。目の前で繰り広げられる二人の会話に、ティエリアはすっかり空気と化しているような気がした。確かにここにいるのに、まるでいないような扱いだ。 そして何よりいつもと違ったのはの食事マナーだ。まだ箸はおろかスプーンやフォークを使うにもまごついていたのに、器用に箸を使いこなしている。もう何が何だか分からない。リジェネは何か知っているのだろうか、それとも単に適応が早いだけなのか。リジェネのことだ、有り得なくもない。 「後片付けはやるよ」 「え、い、いいよ!私がするって!」 自分と二人になるのが気まずいからだろう。 「いいからいいから。ティエリアと話でもしてなよ。ねえ?」 ここで話を振るか。 ティエリアはリジェネを凝視した。も驚いたようにリジェネを見る。しかしそんな二人の様子など見て見ぬふりをしてお皿を重ねて流し台へ運ぶ。残されたティエリアとの間には、ただ沈黙が流れた。しかし視線を感じてを見ると、ぱっと逸らされる。 原因が分からないから余計イライラする。遠慮しているのか言いたくないのか、言いにくいことなのか。だがから聞かないことには何の解決にもならない。このままでは埒が明かないので、聞きにくいがティエリアの方から聞き出すことにした。 「僕は、何かしたか?」 「え…」 「ずっとあからさまだ。態度が」 「え、と…それは…」 右へ左へとの目が泳ぐ。そしてティエリアの顔色を窺うようにちらっと見た顔思えば、目が合うとたちまち顔を赤くした。訳が分からず眉根を寄せる。言いたいことがあるならはっきり言えばいい。そういう正確でないのは承知しているが、こちらは何も分かっていないというのに気分が悪い。 だがリジェネもいる手前あまりきつくは言えず、できるだけを刺激しないような言い方を必死で考えた。 「の気に障ることをしたなら、言えばいい。悪いのならちゃんと謝る」 すると今度はぽろぽろと涙をこぼし始めた。泣くほど酷いことなどしただろうか。どうしたらいいか分からず、とりあえず立ち上がってティッシュを差し出すと、「嫌!」と叫んで手を弾かれた。ゆっくり、ひらりひらりと白いそれが床に落ちる。手を弾いた拍子に立ち上がったが二、三歩後ろによろめく。その振動で大粒の涙が何滴か流れた。 一瞬、何が起こったか分からなかった。こんな拒まれ方をしたのは初めてだった。傷ついたと自覚するほど、先程のの態度はショックだった。 固まっていると、は小さく「ごめんなさい」と言って飛び出して行った。そこでようやく、見かねたリジェネが口を挟む。 「君、本当に何もしてないのかい?」 「…………」 「、外に出て行ったよ。目を離さないようにって言ったのに」 リジェネの小言など入って来なかった。音として認識しても、何を言ってるかまでは分からなかった。 に弾かれた手が、ただ痛かった。 芽 (2009/5/11) ← → |