酔い潰れているらしいティエリアを前に、はどうするかしばらく悩んだ。起きる気配は一向にない。しかし無理矢理起こすのも何だか気が引ける。だがこのままではティエリアが風邪をひいてしまう。見た所、そんなにも飲んだ形跡はないが、飲み慣れてないものをいきなり体が受け付けるはずがない。急性アルコール中毒の恐れはないだろうが、明日のティエリアが心配になる。とりあえず、部屋に運ぶしかない。けれどもうリジェネは仕事に向かったし、ここにいるのはルネしかいない。 「…失礼します」 恐る恐る声をかけ、まず後ろに回って体を起こすことから始める。体の大きさの差を抜いても、完全に脱力してる彼を起こすなど、には困難を極めた。アレルヤとまでは行かなくても、せめてあと少しくらい身長が欲しいものだ。 ようやっと起こせても、これは一段階目でしかない。まだ今から彼を部屋まで運ばなければならないのだ。そう思うと気が遠くなりそうだったが、大切な部屋主のためだ。歩き疲れて自身今すぐにも寝たいけれど「よし」と気合を入れる。 「アーデさん、アーデさん」 「んー…」 「風邪ひきます、部屋に戻りましょう」 そう言って体を揺すっても、瞼は開けているのに目が虚ろだ。はもう一度「失礼します」と断り、片腕を自分の肩に回してティエリアを立たせる所から始める。しかし150センチあるかないかの身長のルネが二十数センチも背の高いティエリアを支え切ることなどほとんど無理に近い。それでもは必死に、半ば彼を引きずるようにして部屋まで運んだ。ティエリアをベッドに横たわらせると、はもう息切れしていてしばらくその場から動けずにいた。額の汗を拭ってふとティエリアの方を見れば、もう眠ってしまっている。起こさないように布団を掛けていると、今になってぱちりと目を開けるティエリア。すみません、と言いかけると急に腕を引かれた。バランスを崩したは当然ティエリアの上に倒れ込む。は真っ赤になりながら上半身を起したが、まだ腕を掴まれているため離れることができない。 「なっなんですかアーデさん!」 「…」 ぼんやりした目を視線がぶつかると、寝起きの声でぼそりと名前を呼ばれる。ますます真っ赤になって離れようとすると、後頭部に手が回された。そのまま強く引かれ、唇と唇がぶつかる。 「んんん!!」 必死で離れようとするが思いのほか力が強く、離してくれる気配もない。それでも抵抗していると、急にふっと力が抜けて頭を押さえつけられていた手も腕を掴まれていた手もぱたりとベッドの上に落ちた。は肩で息をしながら両手で口を押さえる。そして目を潤ませながら急いでティエリアの部屋を出た。転がるように自分の部屋へ戻ったが、シャワーを浴びないと寝られないことに気が付き、震える手でタオルやら着替えやらを用意する。その間もぼろぼろと零れて来る涙。部屋主が明日、さっきのことを覚えていないにしろ、どういう顔をして会えばいいか分からなかった。 * * * * * 街の中心部の高層ビル群。その中の一つにリジェネは来ていた。大窓の外には街の光が広がり、明かりを点けずとも互いの顔が認識できるほどだ。 「CHBの研究は打ち切られたんじゃなかったのかい?」 「…リジェネ」 昼間、たちが出会ったという人物はおよそこの男――リボンズ・アルマークだろう。緑の髪、紫の目、そしてを動揺させる男と来れば、彼に他ならない。 「Cat Human Being――もしかして、アレが成功したとかしないとか言われてた最後の一例?」 「その通りだよ。まさかティエリア・アーデが拾うとは思っていなかったけどね」 「誰に拾わせるつもりだったんだい?」 「そうだね、リヴァイヴ・リバイバルでも面白かったかも知れないな」 リヴァイヴ・リバイバル――。 リジェネは繰り返して眉根を寄せた。それを見逃さなかったリボンズは面白そうに、半分は馬鹿にするように笑った。 「研究対象に情でも移ったかい?」 「まさか…」 肩をすくめて見せるリジェネに、リボンズはきちんと包装された一つのカプセル剤を見せた。この研究所では見たことのない型の薬だ。不審に思ったリジェネはまた表情を歪ませる。するとリボンズはそのカプセル剤を内ポケットにしまい、リジェネに背を向けて窓の外を眺める。 「彼女は必ずこの研究所へ――僕の元へ戻って来る」 そう、楽しそうに宣言した。 芽 (2009/5/6) ← → |